シアノバクテリアの「SOS応答」に潜む予期せぬ多様性 ―DNA修復の司令塔LexAが辿った進化の分かれ道―(大学院理工学研究科 日原由香子教授)
2026/3/10
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ポイント
・シアノバクテリアのDNA修復制御が多様化していることを発見:多くの細菌は、紫外線照射などによりDNAが傷つくと、DNA修復酵素の遺伝子などを速やかに発現誘導する「SOS応答」と呼ばれる緊急システムを起動します。本研究では、地球の大気に酸素をもたらした最古の光合成生物であるシアノバクテリアにもSOS応答が存在するものの、緊急システムとしては働いておらず、その制御方法が多様化していることを明らかにしました。
・LexAに依存したSOS応答がゆっくりと起動:原始的な種であるGloeobacter violaceus PCC 7421と、糸状性モデル種のAnabaena sp. PCC 7120は、他の細菌と同様、SOS応答のスイッチとしてLexA転写因子を使っているものの、応答が顕著になるまでに数時間を要することを見出しました。
・LexAが転職した種でも、SOS応答が起動:一方、単細胞性モデル種のSynechocystis sp. PCC 6803では、LexAが紫外線ストレスに反応しないにも関わらず、DNA修復遺伝子は他の種と同等以上に発現誘導されることを見出しました。この種ではLexAは転職して他の細胞機能の調節に働き、未知の転写因子がSOS応答のスイッチとして働いていると考えられます。
・砂漠緑化や宇宙開拓の夢を支える分子基盤へ:これらのSOS応答に関する知見を活用し、シアノバクテリアの紫外線耐性を高めて、過酷な環境に耐え得る種を作出できれば、有用物質の大量生産、砂漠の緑化や、さらに他惑星の環境を改造するテラフォーミングなど、壮大な応用利用にも向けた分子基盤の構築につながります。

図1. シアノバクテリアLexAの分子系統樹
LexAタンパク質の系統関係は、アルファベットと色分けで示したシアノバクテリアの種のグループ分けとほぼ一致しており、シアノバクテリアの種分化の過程で、LexAの機能分化も進んだと考えられます。AnabaenaのLexAと、始原的な種であるGloeobacterのLexAは系統樹上で大きく離れた位置に存在しますが、両者ともSOS応答の制御に働く一方、AnabaenaのLexA と系統樹上でそれほど隔たっていないSynechocystisのLexAは「転職」し、SOS応答以外の細胞機能の調節を担っていると考えられます。

図2. SOS応答のスイッチとして働くLexA
多くの細菌において、ストレスのない通常条件下で、LexAはDNA修復遺伝子などSOS応答に関わる遺伝子群の上流領域に結合し、その発現を抑えています。紫外線照射などによりDNAが大きく傷つくと、LexAは自ら切れて不活化し、発現抑制されていた遺伝子群が一斉に発現誘導されます。本研究で用いた3種のシアノバクテリアのうち、AnabaenaとGloeobacterのLexAは、このようなSOS応答のスイッチとして働いていると考えられますが、紫外線照射後にLexA量が減少し、発現抑制されていた遺伝子群が誘導されるまでに数時間を要します。「自ら切れる」分子機構が働いているかどうかはまだ明らかになっていません。
概要
多くの細菌では、紫外線や薬剤によりDNAが傷つくと、DNA修復遺伝子の発現が速やかに誘導される「SOS応答」と呼ばれる緊急システムが起動すること、転写因子LexAがそのスイッチとして働くことが知られていますが、地球の大気に酸素をもたらした最古の光合成生物であるシアノバクテリアについては、SOS応答の実態は不明でした。
埼玉大学大学院理工学研究科の日原由香子教授の研究グループは、3種類のシアノバクテリアに紫外線を照射した後の応答を比較することで、シアノバクテリアではSOS応答がゆっくり起動されること、またその調節方法が多様化しており、LexAをスイッチとして使う種がいる一方で、LexAを使わずにSOS応答を起動する種もいることを明らかにしました。本成果は、シアノバクテリアの紫外線耐性を人為的に高め、過酷な環境に耐え得る種を作出し、応用利用するための分子基盤の構築につながると期待されます。
本成果は、2026年3月3日に米国植物生理学会誌 『Plant Physiology』 のオンライン版で公開されました。
URL: https://doi.org/10.1093/plphys/kiag102
論文情報
| 掲載誌 | Plant Physiology |
|---|---|
| 論文タイトル | The SOS response and functional diversification of the transcription factor LexA in cyanobacteria. |
| 著者 | Haruka Kubodera, Hiroki Inoue, Aoi Ando, Tomoko Takahashi, Yukako Hihara |
| DOI | 10.1093/plphys/kiag102 |
| URL | https://doi.org/10.1093/plphys/kiag102 |
用語解説
(1)シアノバクテリア
植物と同じ酸素発生型の光合成を行う細菌で、約27億年前に地球上に出現し、光合成を開始したことで、酸素に富む現在の地球大気が形成されました。植物の葉緑体の祖先とも考えられており、地球の生命史上、重要な役割を果たしてきた生物であると言えます。地球上の至るところに生息域を広げて現在も繁栄しており、その光合成能の高さと増殖の速さ、環境耐性の高さなどから、有用物質生産や砂漠緑化などの応用利用に適した生物として注目を集めています。
(2)遺伝子発現
DNAに書かれた遺伝情報をもとに、タンパク質などの機能を持つ物質を作り出す一連の過程を指します。この過程では、DNAの遺伝情報をメッセンジャーRNA(mRNA)に写し取り(転写)、そのmRNAの情報を基にリボソームでアミノ酸が連結されてタンパク質が合成されます(翻訳)。
(3)転写因子
DNAの遺伝情報をmRNAに写し取る「転写」を調節するタンパク質の総称で、DNA上の特定の配列に結合して、転写酵素であるRNAポリメラーゼの働きを助けたり(活性化)、妨げたり(抑制)することで遺伝子発現を制御します。特定の遺伝子の発現を増減させることで、細胞の機能や発生を制御する重要な役割を担っています。転写の活性化に働く転写因子をアクチベーター、抑制に働く転写因子をリプレッサーと呼びます。
(4)SOS応答
DNAが強く傷ついたときに、DNA修復に関わる多くの遺伝子の発現を一斉にオンにする、細菌に広く見られる緊急システムです。
(5) LexA
多くの細菌において、DNA修復遺伝子などSOS応答に関わる遺伝子群の発現を抑制する転写因子(リプレッサー)であり、DNA損傷時には自分自身を切断して不活化し、それまで発現が抑制されていた遺伝子群が一斉に発現するスイッチとして機能します。
