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光合成を“強く”することに成功 -光合成の強光耐性を高める手法を開発-(大学院理工学研究科 西山佳孝 教授)

2023/11/21

1 ポイント

光合成は強光に弱く、強光下では容易に失活してしまいます。この現象は光阻害と呼ばれ、光合成生物の生育を妨げる主な要因となっています。

光合成微生物のタンパク質合成および抗酸化に関連する遺伝子を改変することにより、光合成の光阻害を抑え、強光耐性を高めることに成功しました。

微細藻類を用いた有用物質(バイオ燃料、化成品原料など)の屋外での安定生産に貢献することが期待されます。

2 概要

埼玉大学大学院理工学研究科の西山佳孝教授の研究グループは、光合成の強光耐性を高める手法を開発することに成功しました。本グループは、光合成微生物シアノバクテリアを用いて、タンパク質合成および抗酸化に関連する遺伝子を改変することにより、光合成の強光耐性を高めることに成功しました。この手法を微細藻類による物質生産に応用することにより、微細藻類の強光耐性を高め、有用物質(バイオ燃料、化成品原料など)を屋外の強い太陽光の下でも安定的に生産することが可能になると期待されます。

本成果は、2023年11月20日に、英国植物科学専門誌『The Plant Journal』でオンライン公開されました。
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/tpj.16551このリンクは別ウィンドウで開きます

図 タンパク質合成能と抗酸化力を強化することによって、光合成の修復能力を高め、光合成を強化することに成功しました。

3 研究の背景

光合成は太陽の光エネルギーを化学エネルギーに変換する反応で、植物や藻類など光合成生物にとって生存を支える最も重要な生命活動です。しかし、光エネルギー変換という役割とは逆に、光に弱いという性質をもちあわせています。なかでも、光エネルギー変換で中心的な役割を担っている光化学系IIは、光に対して感受性が高く、強光下では速やかに失活してしまいます。この現象は光阻害と呼ばれ、光合成生物の生育を妨げる大きな要因になっています。これまでに光阻害のメカニズムについて多くの研究者が研究してきましたが、いまだにそのメカニズムの全容は解明されていません。また、光阻害を緩和する方法論も確立されていません。

近年、微細藻類を用いてバイオ燃料などの有用物質を生産する研究開発が数多く進められていますが、光阻害がボトルネックとなって、強い太陽光の下で微細藻類の生育が制限され、物質生産が低下してしまうため、大きな技術的課題に直面しています。また、光阻害は農作物の生産を制限する大きな要因にもなっています。

4 研究内容

本研究グループは、光合成の光阻害のメカニズム解明に取り組んできました。これまでに強光下で発生する活性酸素によって光化学系IIの修復が阻害され、光阻害が促進することを見出してきました。光化学系IIの修復には新たなタンパク質の合成が必要になりますが、タンパク質合成を動かす翻訳装置が活性酸素によって傷害を受けることや、翻訳装置の中でも特に翻訳因子EF-Tuが活性酸素の標的となることを明らかにしてきました。そのメカニズムとして、EF-Tuのシステイン残基Cys82が活性酸素により酸化されると、EF-Tuが失活してしまい、タンパク質合成が抑制されることも明らかにしました。

そこで本研究では、酸化標的となるCys82をセリンに置換した改変型EF-Tuをシアノバクテリアで発現させました。その結果、強光下でもタンパク質合成が高く維持され、光化学系IIの修復能力が向上しました。その結果として光化学系IIの光阻害が大きく抑制されました。しかし、強光下で遺伝子改変株の生育は改善されず、細胞の強光耐性は増大しませんでした。その原因を探っていくと、光化学系IIの修復能力が上がることによって強光下でも光合成が活発になり、より多くの活性酸素が発生していることがわかりました。つまり、タンパク質合成系を強化するだけでは酸化ストレスがさらに悪化してしまうことが推測されます。

そこで、改変型EF-Tuを発現させたシアノバクテリアに、活性酸素消去系酵素であるスーパーオキシドディスムターゼとカタラーゼの遺伝子を過剰発現させてみました。その結果、改変型EF-Tuによる活性酸素の過剰発生が抑えられ、光化学系IIの光阻害がさらに緩和しました。さらに、新たな遺伝子改変株は強い強光下でも生育するようになりました。したがって、タンパク質合成系の改変と抗酸化機構の改善を同時に行うことにより、光合成と生育の両方の面で強光耐性が増大することが明らかになりました。

EF-Tuの酸化感受性が高いことは、強光下ではあえてタンパク質合成を抑制して、光合成活性を低下させる“ブレーキ”として働いていることが示唆しています。もしEF-Tuを改変して“ブレーキ”が効かなくなれば、本研究で見られるように、活性酸素が過剰発生して酸化ストレスが増加してしまいます。このように生物はあえて“弱い”部分を随所に保持し、それを過度なストレス下では“安全弁”として働かせ、過剰な反応を防いでいることが推測できます。生物の基本的な生存戦略なのでしょう。しかし、本研究で実証したように、人為的に “安全弁”に蓋をしたまま、抗酸化という保護作用を強化することによって、生物の持っているポテンシャルをさらに引き伸ばすことも可能だと考えられます。

5 今後の展開

シアノバクテリアは物質生産のプラットフォームとして有用な微細藻類です。現在、本グループでは、シアノバクテリアを用いてバイオ燃料の原料となる遊離脂肪酸(FFA)の生産開発を行なっています。この応用研究でも、光合成の光阻害がFFA生産のボトルネックになっていますので、シアノバクテリアのFFA生産株を遺伝子改変して、光合成の強光耐性を増大させる試みを行なっています。現在は実験室内のLED照明の下でFFA生産株を培養していますが、将来的には屋外の強い太陽光の下でFFA生産株を生育させ、高効率で安定なFFA生産を実現させることを計画しています。

6 原論文情報

掲載誌 英国植物科学専門誌 The Plant Journal
論文名 Improved capacity for the repair of photosystem II via reinforcement of the translational and antioxidation systems in Synechocystis sp. PCC 6803
Synechocystis sp. PCC 6803の翻訳系と抗酸化系の強化による光化学系IIの修復能力の向上)
DOI 10.1111/tpj.16551
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/tpj.16551このリンクは別ウィンドウで開きます
著者 Pornpan Napaumpaiporn, Takako Ogawa, Kintake Sonoike, Yoshitaka Nishiyama*  (*責任著者)

7 用語解説

(1) 光合成
光エネルギーを使って二酸化炭素と水から糖を生産する一連の反応。植物や藻類、シアノバクテリアなどの光合成生物にとって生存上欠かすことのできない重要な生命活動です。また、光合成によって作られた糖は、地球上のすべての生命の炭素源となっています。光合成反応で生み出される酸素は、大気の約21%を占める酸素層を形成しており、人類を含む地球上のすべての好気生物の呼吸を支えています。

(2) 光化学系II
光合成の中で、光エネルギーを化学エネルギーに変換する最も重要な装置。チラコイド膜に存在しており、タンパク質20種類以上、クロロフィル約40分子、他にカロテノイドや脂質を含む巨大な分子複合体です。ここで太陽の光エネルギーが電子伝達の化学エネルギーへと変換されます。このエネルギー変換過程で酸素が発生します。

(3) 光阻害と修復
光化学系IIは光阻害を受けやすく、強光下では容易に失活します。この現象は光阻害と呼ばれます。一方、生体内では失活した光化学系IIは、速やかに修復されます。損傷を受けた反応中心のD1タンパク質が分解され、転写・翻訳を経て新たに合成されたD1タンパク質が光化学系IIに挿入されて、光化学系IIが再活性化します。ただし、修復と修復のバランスがとれているときは、光阻害は顕著には現れませんが、損傷の速度が修復の速度を上回ったとき、光阻害が起こります。光阻害に限らず、生物のからだの中では常に分解と合成が起こっています。

(4) 翻訳系
タンパク質を合成する巨大な分子装置。リボソームやRNA分子から構成されており、ここでmRNAの配列情報をもとにタンパク質が合成されます。

(5) EF-Tu
翻訳系の構成タンパク質のひとつ。アミノアシル-tRNAをリボソームへと運搬する役割を担っています。EF-Gとともにアミノ酸を一つずつ繋げてペプチドを形成するペプチド伸長反応を支えています。

(6) 活性酸素
酸素分子が不完全に還元されたり励起されたりすると、酸化力の強い活性酸素が生成します。光合成が働くときには活性酸素が不可避的に発生します。捕集した光エネルギーを反応中心に移動する際には一重項酸素が生成し、電子伝達反応に伴ってスーパーオキシドや過酸化水素、ヒドロキシルラジカルが発生します。これらの活性酸素は、タンパク質や核酸、脂質などの生体高分子を酸化して傷害を与える作用を持っています。

(7) 抗酸化
細胞内には発生した活性酸素を消去する機能を兼ね備えています。スーパーオキシドは、スーパーオキシドディスムターゼという酵素によって過酸化水素に変換され、過酸化水素はカタラーゼやペルオキシダーゼという酵素によって水分子へと無毒化されます。このような酵素は活性酸素消去系酵素と呼ばれます。また、一重項酸素やヒドロキシルラジカルの消去には、カロテノイドやα-トコフェロールなどの抗酸化物質が働きます。

(8) シアノバクテリア
植物葉緑体の祖先と考えられている原核性の光合成微生物。約27億年前に地球上に誕生し、酸素を発生する光合成を初めて行なったと考えられています。現在もほぼ昔の姿をとどめ、湖沼や海洋に生息しています。シアノバクテリアの一種Synechocystis sp. PCC 6803は、日本の研究グループ(かずさDNA研)によってゲノムが1996年に解読され、形質転換(遺伝子操作)も容易なことから、モデル生物として光合成研究などに世界中で使用されています。

参考URL

西山 佳孝(にしやま よしたか)|埼玉大学研究者総覧 このリンクは別ウィンドウで開きます

環境応答研究室(西山研究室)ウェブサイト このリンクは別ウィンドウで開きます

戦略研究センター・グリーンバイオサイエンス研究領域このリンクは別ウィンドウで開きます

社会変革研究センターこのリンクは別ウィンドウで開きます

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