統計的エビデンスを創出し、社会保障制度のあるべき姿を描く
~統計分析で社会保障の課題を可視化~
Frontiers of SU Research
人文社会科学研究科 大津 唯




格差や貧困の拡大、医療費の増大など、社会保障制度を取り巻く環境は一層厳しさを増している。そんな中、統計的エビデンスを用いて社会保障制度を評価する研究を進めているのが、本学人文社会科学研究科の大津唯准教授だ。データに基づいた事業評価や政策提言を通じて、地方自治体が実施する社会保障事業の課題解決に向けた支援など、幅広い取り組みを展開する大津准教授に、研究の概要を語ってもらった。
社会保障制度を「納得感ある仕組み」に
年金や医療保険、介護保険、生活保護などの社会保障制度は、給付費の増大、財政状況の悪化など、さまざまな問題に直面している。こうした問題を解決するためには、制度を取り巻く実態を正確に把握することが不可欠である。
私は、公的統計を活用して現状を評価し、課題を特定した上で、制度を最適なものにするための政策提言などを行っている。
例えば、国民健康保険料の未納に関する研究では、保険料未納者に対する否定的なイメージがある一方、実際は低所得者が経済的理由で保険料を払えないケースが多いことを明らかにした。さらに保険料未納者は、医療費の負担を念頭に、具合が悪くても医療機関にかかることを控える傾向があることが浮き彫りになった。
また、国民健康保険では、1人当たりの保険料が地域によって大きく異なることが問題になっている。そこで、地域格差が発生する要因を分析したところ、人口移動が活発な地域ほど医療費が高くなることが分かった。この結果により、やみくもに「医療費が高いから下げるべき」という議論に終始せず、地域特性に応じた対策の必要性を提示したのである。
さらに生活保護制度についても、受給者の多くが病気や障害を抱えている実態を統計的に示し、生活保護は受給者に対する偏見に基づく誤解を是正する研究を行ってきた。
勘や経験ではなく客観的な根拠を提示することは、制度の最適化に役立つだけでなく、国民の「納得感」を高めることにも貢献できる。社会保障制度を維持するには、国民が給付や負担の仕組みが公平であると感じられることが欠かせない。それ故、この点は非常に重要だと考えている。

格差・貧困の実態を「剥奪指標」で捉える
私の研究の基盤には、格差と貧困の拡大という社会的課題の解決に貢献したいという思いがある。過去30年間、日本では所得格差が拡大し、貧困も深刻化してきた。その実態を把握するために、ジニ係数や相対的貧困率といった所得ベースの指標が広く用いられてきた。しかし、所得だけでは人々の生活の困難さを十分に捉えきれない。ライフステージによって所有する資産や消費水準が異なるからである。
そこで、現在取り組んでいる研究では「剥奪指標」という指標に着目。経済的理由で必要な財やサービスを利用できない状況を評価し、生活水準を測る指標で、例えば「冠婚葬祭に参加できない」「携帯電話を持てない」「特定の家電を購入できない」といった具体的な生活場面を調査し、困窮度を把握することができる。
剥奪指標を用いれば、同じ所得水準でも若年層や一人親世帯の方が高齢者より困窮度が高いといった実態が明らかになるが、こうした知見は、政策のターゲティング精度を高める上で非常に重要だ。例えば、現金給付を行うにしても、所得を基準に給付制限を設けると、本当に困っている人が救われない可能性があるからだ。
この指標は、まだ国の公式統計には採用されていないが、社会保障制度をより公平かつ効果的に機能させるためには重要な役割を果たす可能性があると考えている。

自治体・社会福祉法人との協働も
これまで埼玉県やさいたま市など、さまざまな自治体と連携した活動にも取り組んできた。
埼玉県では福祉関係の制度の見直しに際し、予算の将来推計について助言を行った。さいたま市でも、政策立案におけるデータ活用について助言を行っている。
現在、自治体には「エビデンスに基づく政策立案(EBPM)」が求められているが、その推進に当たってリソースや人材が不足している印象だ。自治体との協働においては、統計分析の結果を提示するだけでなく、自治体の職員が自ら基本的な集計や分析を行えるようにすることも重要だと考えている。自治体の職員自らが分析のスキルを身につけることで、持続的な政策改善が可能になるからだ。
私たちの研究室の強みは、社会保障制度に関する知識とデータ分析のスキルを併せ持っていることである。両方を兼ね備えていてはじめて、公的統計や自治体データを適切に扱い、現場の課題に即した知見の提供が可能になると考えている。
ぜひデータの活用に対して課題を感じている自治体の担当者は、1度お問い合わせいただきたい。
また、地方自治体だけでなく、社会福祉法人のデータ分析を支援した実績もある。統計に基づくエビデンスの活用は、誰もが安心して暮らせる社会を実現するためには大きな意義がある。今後も自治体や企業を問わず、社会保障や福祉に関わる幅広い主体と連携し、データに基づく政策評価や事業改善を支援していく考えだ。
本研究との産学官連携にご関心のある方は、こちらのフォームへお問合せください。
大津唯(オオツユイ)研究者総覧
