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百年の眠り 眠れる森の美女の教え~新しい細胞膜貫通型糖タンパク質を発見、植物の成長を操る新技術開発に期待~(大学院理工学研究科 小竹敬久教授 共同研究)

2022/12/14

ポイント

・「眠れる森の美女」と名付けた新しい糖タンパク質の発見に成功。
・眠れる森の美女は細胞壁の性質を制御し、植物の成長や形づくりを調整していることを解明。
・植物の細胞運命や成長を制御する新しい植物育成技術の開発や進展に期待。

概要

北海道大学大学院理学研究院の藤田知道教授、同大学院生命科学院博士後期課程のシン プレルナ氏、レン ジュンリン氏、埼玉大学大学院理工学研究科の小竹敬久教授らと共同で、コケ植物の細胞壁に存在する「眠れる森の美女(SB、Sleeping Beauty)」と名付けた新しい細胞膜貫通型糖タンパク質の発見に成功しました。

植物は外界の変化を常に感じながら成長や形作りを行なっています。その結果、手や足など厳密に組織や器官の数が決められている動物とは異なり、同じ種類でも環境に応じて葉や枝の数がさまざまに異なる柔軟な形づくりをしています。こうした植物特有の成長や形づくりの制御メカニズムはまだ多くの点でよく分かっていません。

研究グループは、コケ植物を用いその成長や形づくりに重要なタンパク質を探索し、細胞膜を貫通して存在する新しい糖タンパク質の同定に成功しました。この糖タンパク質は顕著な細胞休眠効果を持っていたため、「眠れる森の美女」と名付けられ、働きを詳しく調べたところ、細胞表面から細胞内に存在するオーキシン情報伝達に関わるARFC2と呼ばれる転写因子*1にシグナルを伝え、さらに細胞壁の性質を調整する酵素の働きを制御することが分かりました。

また、この糖タンパク質の量や働きの変化に応じて細胞壁の性質が変化し、ひいては細胞の性質が変化し、コケ植物の茎葉体*2と呼ばれる新しい組織の成長が制御されることが分かりました。このように細胞膜上で機能する糖タンパク質は、一旦細胞表面からのシグナルを細胞内に伝えることで、再び細胞壁の性質を変え、植物の成長や形作りを制御しているという新しい仕組みが明らかになりました。

人類の永続的な発展のためには植物との共存は欠かせません。このように本研究成果は、植物の細胞運命や成長を制御する新しい成長制御技術の開発や進展に貢献できるものと期待されます。

なお、本研究成果は、日本時間2022年12月14日(水) 午前9時1分公開のDevelopment誌に掲載される予定です。

新しく発見された細胞膜貫通型の糖タンパク質「眠れる森の美女(SB)」は大量にあると、眠らせるように植物の成長を抑え(左)、なくなると植物の成長は促進される(右)。

背景

私たちヒトなどの動物は、組織や器官の数が決められた状態で生まれてきます。一方で植物は、種子から生まれたての時には子葉(イネなどの単子葉植物では1枚、アサガオなどの双子葉植物では2枚)と茎、根をわずかにもった状態で生まれてきますが、その後、外界の変化を常に感じながら、成長と成長抑制を繰り返し、葉や枝、また根の数を増やし大きく育っていきます。また同じ種類の植物でもその年の気候や場所の環境の違いに応じて葉や枝の数が全く異なる柔軟な形づくりをしています。こうした悪環境や好環境など生育環境に応じて、成長したり成長を停止したりを繰り返しながら形作りをする植物特有の制御メカニズムはまだ多くの点でよく分かっていません。

研究手法

研究グループは、植物細胞の成長や細胞運命を制御するタンパク質をコケ植物(ヒメツリガネゴケ、Physcomitrium patens)において探索し、見つけたタンパク質について、その働きを分子生物学や情報科学、細胞生物学的方法などを駆使して調べました。

研究成果

研究グループは、コケ植物の成長を抑制する働きのある2つの類似した新しいアラビノガラクタンタンパク質*3を見つけることに成功しました。この2つのタンパク質は、大量に存在すると、細胞の分裂速度を抑え、コケ植物の成長や再生速度を抑制し、コケ細胞にあたかも魔法をかけて深い眠りにつかせているように感じられました(図1 AとBの比較)。そこでこの顕著な細胞休眠効果から、妖精の呪いによって百年間眠り続けることになった不幸な姫君の物語であるグリム童話「眠れる森の美女」になぞらえて、この2つの類似タンパク質を「眠れる森の美女(SB)」と「眠れる森の美女に類似したタンパク質SB-Like(SBL)」と命名しました。

SBとSBLが大量に存在すると細胞を眠りにつかせることから、今度はこれと逆の実験を行いました。ゲノム編集技術などを用いてコケ植物のゲノムからSBとSBLを人工的に取り除き、SBとSBLが存在しなくなったヒメツリガネゴケ欠損変異体*4を作出しました。その結果、これらのタンパク質がなくなると、通常よりも早く茎と葉を持つ茎葉体を形成し、逆に成長が早まることを突き止めました(図1 CとDの比較)。このようにこれらのタンパク質は、大量に存在すると、細胞にあたかも魔法をかけて深い眠りにつかせるようであり(図1 A、B)、その量が極端に少なくなるか全く無くなってしまうと、細胞や器官の成長を早めてコケの生育を促進する効果があることが分かりました(図1 C、D)。

SBとSBLの欠損変異体では茎葉体の形成が促進されることから、SBやSBLが細胞壁のゆるみに関与している可能性があると推測しました。動物細胞とは異なり、植物細胞は細胞壁に包まれているため、細胞が成長したり形を変化させたりする前に細胞壁を緩める必要があります。そこでこの推測を証明するため、SBとSBL欠損変異体の細胞壁の糖組成を調べたところ、推測通り、欠損変異体の細胞壁はガラクトースという糖が特に減少していることが明らかになりました。これは、SBやSBLは細胞壁の性質を調整しながら、細胞や器官の成長を抑制したり促進したりしていることを示すものです。

さらに研究グループはさまざまな解析を行い、細胞表面上のSBタンパク質の存在量は、細胞内で植物成長ホルモンであるオーキシン応答に重要な転写因子ARFC2の働きと正の相関があることを見つけました。ARFC2は、さらに細胞壁に存在するペクチンを特異的に修飾するペクチンメチルエステラーゼ酵素群の量を制御します。すなわち、細胞表面に存在するSBは細胞内のARFC2と連絡を取り合い、核内でペクチンメチルエステラーゼがどれだけ作られるかを制御する事により細胞壁の硬さを調節し、細胞の性質を制御していることが明らかになりました (図2 A-C)。

このようにSB及びSBLは、新しい器官を生み出すために、ある時には細胞を眠らせ、またある時は細胞の成長を促進しながら植物の成長を制御している重要な細胞膜貫通型糖タンパク質であることが分かりました(図1D、図2 D)。

今後への期待

眠れる森の美女といえば、妖精の悪巧みの犠牲になる弱々しいキャラクターを想像しがちです。しかし、コケ植物で発見されたSBとSBLは、細胞の運命や成長を思い通りにコントロールすることができる、力のあるヒロインでした。

ただ、SBやSBLの存在量を制御する発生や環境シグナルはまだ分かっておらず(図2 D)、今後も研究を進めていきます。SBとSBLの働きを理解することで、植物の成長や形作りを自在に操るための新しい方法が模索できると期待されます。植物に特徴的な成長や形作りの制御の理解は、環境の変化に応じた有用作物の健全な栽培技術への応用も期待できます。

謝辞

本研究は、文部科学省科学技術振興調整費(藤田知道教授:JP16K14747, JP18H04829, JP20H04878、テイ ウイコック博士:JP19K06701)及び台湾中央研究院(テイ博士:IPMB 40-02)による助成を受けて行われました。

論文情報

論文名 Surface-localised glycoproteins act through class C ARFs to fine-tune gametophore initiation in Physcomitrium patens(細胞表面に局在する糖タンパク質はARF Cタンパク質の働きを介してヒメツリガネゴケの茎葉体の形成を制御する)
著者名 Ooi-kock Teh1, 2, Prerna Singh3, Junling Ren3, Lin-tzu Huang1, Menaka Ariyarathne1, Benjamin Prethiviraj Salamon1, Yu Wang1, Toshihisa Kotake4, and Tomomichi Fujita2

1台湾中央研究院、2北海道大学大学院理学研究院、3北海道大学大学院生命科学院、4埼玉大学大学院理工学研究科)
雑誌名 Development(発生学の専門誌)
DOI 10.1242/dev.200370
公表日 日本時間2022年12月14日(水) 午前9時1分(グリニッジ標準時2022年12月14日(水) 午前0時1分)(オンライン公開)

参考図

図 1. アラビノガラクタン糖タンパク質SBは過剰に存在するとコントロールのコケ細胞(A)に比べて、成長を強く抑制する(B)。またSBとSBLを完全に欠損させるとコントロール(C)に比べて茎葉体(矢印)の形成を促進する(D)。このようにSBとSBLは成長を抑制したり促進したりすることができる。

図2. アラビノガラクタン糖タンパク質SBは細胞膜に存在し (A、緑色部分)、オーキシンシグナル伝達因子ARFC2は核に存在する(B、C)。ARFC2は核内で細胞壁遺伝子(ペクチンメチルエステラーゼ遺伝子)の発現量を制御し、細胞壁の硬さを調整し、細胞の成長や茎葉体の形成を制御する(D)。SBやSBLの存在量を制御する発生や環境シグナルはまだ分かっておらず、今後の研究が期待される。

用語解説

*1 ARFC2と呼ばれる転写因子 … 植物ホルモンのオーキシンの増減に応じて細胞の核内で働くDNA結合タンパク質のこと。

*2 茎葉体 … 私たちが通常よく目にする茎と葉の構造を持つコケ植物の組織のこと。原糸体と呼ばれる組織の一部の細胞が運命を変え、茎葉体が作られる。

*3 アラビノガラクタンタンパク質 … 主にアラビノースとガラクトースからなるアラビノガラクタンと呼ばれる多糖類が結合したタンパク質のこと。大きな糖鎖部分を持つ小さな細胞膜貫通型の糖タンパク質。コケ植物から被子植物にまで広く存在する。植物においては植物細胞の分化、成長に関わる重要な働きをしていると考えられているがその作用の詳細は不明点が多い。またヒトなどにおいては免疫賦活作用や腸内細菌叢の改善等の生理機能が知られている重要なタンパク質である。

*4 欠損変異体 … 個体の持つ全遺伝子配列からある特定の遺伝子を破壊してその遺伝子の機能を完全に欠損した個体のこと。

参考URL

小竹 敬久(コタケ トシヒサ)|研究者総覧このリンクは別ウィンドウで開きます