06 志村 洋子 教育・保育・社会・環境
社会、行政、グローバル、文化、生活、教育、福祉
  PROFILE 研究者総覧
志村 洋子
教育学部 教授 博士(教育学)

経歴
1973年    東京芸術大学音楽学部声楽科卒業
1977年    東京芸術大学大学院音楽研究科修士課程修了
1978年〜   埼玉大学教育学部講師、同大助教授を経て現職
1996年〜   東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科 教授併任

1992〜93年 文部科学省内地研究員として東京大学医学部音声言語医学
         研究施設にて「乳幼児の音声の音響学的研究」を実施
2000〜01年 文部科学省在外研究員としてストックホルム大学音声言語研究
         施設にて「マザリーズ音声に関する言語比較実験研究」を実施
2004〜05年 埼玉大学留学生センター長
2005〜08年 附属中学校校長 併任

日本赤ちゃん学会常任理事、日本子ども学会理事、日本音声言語医学会会員
法務省中央更生保護審査会委員、埼玉県音楽家協会会員、二期会会員

現在の研究分野
・乳幼児期の歌唱音声の発達研究
・乳児音声ならびに成人のマザリーズ(対乳児発話音声)の音響分析を中心とした相互作用研究
・居室内および保育室、教室内の快適音響環境に関する研究
・騒音環境におけるストレスと聴力損失に関する研究

著 書・論文
『ベビーメッセージ』:ゴマブックス
『乳児の音声における非言語情報に関する実験的研究』:風間書房
『乳児と親の音声コミュニケーション行動と家庭内の音環境に関する研究』:
  埼玉大学地域共同研究センター紀要
『乳児保育の基本』(共著):フレーベル館
『赤ちゃん学を学ぶ人のために』(共著):世界思想社 など

赤ちゃんの「声」の不思議を探って

〜母親と赤ちゃんのコミュニケーション支援、保育環境対策等々 赤ちゃんの「声」分析はさまざまな分野に届く〜


 赤ちゃんがニコッと微笑むと、その笑顔につられるように回りの大人もつい微笑んでしまいますが、とりわけ赤ちゃんが声を立てて笑うと、ちょっと離れたところにいる人も振り返って、笑顔になっているのに気がつきませんか? テレビのCMから赤ちゃんのご機嫌な声「アウアー」「アババ」なんて声(喃語)が流れてくると、つい画面を見てしまう人も多いのではないでしょうか。でも、泣いている声を聞くと、「何で泣いているの?」と気になったり、あまり激しく泣く声には、「虐待されているのでは?」と心配になったりして、私たちが「赤ちゃんの声」に結構敏感な存在であることが分かります。
 ところで、私たち「ヒト」は話し言葉(音声言語)を使って自分の考えを他者に伝達し、また他者の言葉からさまざまな情報を得て、コミュニケーションをしながら日々暮らしています。話すための「声」は喉頭にある声帯の微細な振動が生み出す音響信号で、声道や口腔の共鳴を伴い、口や唇の形が変化して発話されると
		
人それぞれの個性豊かな「話し言葉」となります。一般に1秒間に5文字程度の発話速度であることがわかっており、通常、成人間でのコミュニケーション・会話の声は高速度で瞬時に消えていく情報源です。
 赤ちゃんの声の研究は、言葉の発達(言語獲得)に関する研究がその中心でした。しかし近年、言葉の意味・内容以外の情報についての研究も盛んになり、例えばご機嫌なときの赤ちゃんの声が私たちにどのような「感情」情報を伝えているのか、また、あたかも歌っているような声も観測されることから、声の「音楽」的情報に関する研究も行われるようになってきました。
 志村研究室では、卒業論文や修士論文、さらには博士論文でも、赤ちゃんから幼児までの「声」の表出や、音声や音楽の聴取に多角度から視点を当てた研究が多く行われています。
赤ちゃんの声は、汲めども尽きない泉のような研究分野といえると思います。

PROCESS

  1. 1.赤ちゃんはいつから母親の声を聴いているか
  2. 2.赤ちゃんは大人同士の話し声より「マザリーズ」が好き
  3. 3.赤ちゃんは歌っている?
  1. 4.赤ちゃんの泣き声はどれくらいの音量か?
  2. 5.保育現場に研究成果を返していくために
  3. 6.子育て支援に役立つ情報発信地

1.赤ちゃんはいつから母親の声を聴いているか


 胎児の聴力は在胎35週で成人レベルに近づくといわれており、子宮内には外界の音も伝わりますし、子宮内のホルモンバランス変化等による子宮収縮との関連で、母親がおかれている状況や気分の変化を感じていると考えられています。
 われわれは、胎内の赤ちゃんにどのように声が伝達されているかについて、特殊なマイクロフォンを使った「体内シミュレーション実験」を行い、マイクロフォンを体内に入れた人自身が発声した声はやや高周波数帯域が減衰しますが、2500Hz以下の部分は体内に十分伝播していることを解明しました。これらの成果を基に、Table 1に示したシステムを開発し特許を得ています。(第4482624号)
 ただ、胎教によいということで聞かれていることが多い音楽も、体内では20dB程度減衰するので、外界で耳にするような音では伝わっていないことも分かりました。そして、一番赤ちゃんが始終聞いている声は「お母さんの声」ということになります。

Table 1  低出生体重児・新生児・乳児向け加工音声再生装置システム

低出生体重児・新生児・乳児に対して、母親の胎内で経験した音環境に近い音響環境を提供するシステム


疑似体内音加工システム
音源に対象児自身の母親の音声を使用し加工
音声の加工方法:
 1種類のバンドパスフィルター、2種類の
 バンドストップフィルター位相を付加
 母親の心音(血流音等)を付加


疑似体内音再現システム
音源(加工音)を保育器、コット内で再生できる特殊スピーカーで提示
スピーカの特性:
 音声信号が空気伝搬及び
 コット内の床に振動として伝搬
 保育器、コットの外では聞こえ難い
 ⇒他児への影響が少ない、清潔かつ安全


効果
・児の安静さを促し、快適な音空間を提供
・院内に隔離され面会が十分でない親に対しての支援を提供
・家庭内での育児に困難を感じる親に支援を提供

Figure 1 体外で録音した自己発話音声のサウンドスペクトログラム Figure 2 胃の中で録音した自己発話音声のサウンドスペクトログラム

Yamanouchi, I., Fukuhara, H., & Shimura, Y. ( 1990 ). The transmission of ambient noise and self-generated sound into the human body. Acta Pediatrica Japonica. 32. 615-624.

Table 2 マザリーズMothereseの音響特徴

  • 音声の基本周波数平均値の上昇(=発話の声全体が高い)
  • 基本周波数の変化範囲の拡大(=抑揚が大きい)
  • 発話速度の低下(=ゆっくり話す)
  • 潜時の変化範囲の拡大(=相手の反応を待つように間をとる)
  • 繰り返しの多用(=同じ言葉を繰り返す)

2.赤ちゃんは大人同士の話し声より「マザリーズ」が好き


 赤ちゃんは私たち大人が持っている感覚能力のほとんどを、生まれる前から持っていることが知られてきていますが、特に最近の研究で明らかになったこととして、新生児期から自らの感覚を総動員して、自らの周囲の情報を収集するとても積極的な存在であるということです。つまり、出生直後からすでに、何もできない助けが必要な存在ではなく、外界と積極的に関わろうとしている存在ということです。
 私たちが赤ちゃんについしてしまう話し方に、赤ちゃんがとりわけ「注聴」することがわかっています。それは、ゆっくりとした速度のイントネーションを大きくした話し方で、「マザリーズ=Motherese」や「対乳児音声=Infant Directed Speech」と言われるものです。Table 2にその音響特徴をまとめました。


 実際にお母さんたちのマザリーズを観察すると、個人差はありますが赤ちゃんの発声を模倣したり、「そうねー」を何度も繰り返したり、名前をいろいろに変化させて何回も呼ぶなど、あたかも歌いかけているような音声も使っています。マザリーズは、周囲の成人間による会話音声からは際立って聞こえますので、赤ちゃんへ向けられたものとして、児自身の注意を喚起するものになると考えられます。
 こうした語りかけの独特なリズムパタンやアクセントの変化や強調といった中には、「音楽的要素」も含まれています。マザリーズは、赤ちゃんの言語獲得にとって有効なものであると共に、音の連なりとしての「メロディの切り出し」につながると予想され、乳児期の言語獲得メカニズムの明確化にそって、歌の獲得過程をも明らかにするものになると思われ、期待が高まります。

3.赤ちゃんは歌っている?


 赤ちゃんの喃語の中には、言葉として意味を伝えようとするメッセージ性より、あたかも楽しいとか嬉しいとか、気分を表出・表現しているような音声も多く見られます。この音声については、「歌唱様音声」とか「喃語うた」といわれ、着目されながらも言語学分野からも、音楽分野からも十分な検討がなされていませんでした。
 ここで、われわれの研究成果の一端を示しましょう。
 赤ちゃんの歌っているような声がどのようなものかを明らかにするために、健聴な大学生75名を対象に8・12・17ヵ月齢児の音声の聴取実験を行い、歌っているように聞こえるかどうかを5段階で尋ねました。Figure 3に「歌っている」との評定が最も高かった17ヵ月齢児の音声を示しました。figure 4の泣き声のスペクトルとは異なり、スペクトルの縞模様が明瞭で、ひと声の中の3音の時間変動も緩やかに推移しています。


この声は/e- ya- e-/と聞こえるメロディックな声で、ピッチ曲線から分かるように3拍のゆったりとしたリズムが特徴的でした。聴取実験の結果としては、「歌に聞こえる」評定が高かった声は、「歌に聞こえない」声に比べ、ひと声が約1秒程度長いこと、ピッチの平均がやや高いこと、ひと声中の各拍の時間的割合が均等であることが示されました。
 (本研究は平成22〜24年度日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(C)代表:坂井康子の助成を受けた。)
 これらの結果は、音声による音楽的な表出が活発な赤ちゃんの実際の姿を示すものです。しかしその生育や発達において、こうした「歌唱様音声」や「喃語うた」が果たしている役割については、赤ちゃんの脳内活動を客観的に解明する研究手法も確立されてきましたので、

今後新たな知見が報告されることが待たれます。


Figure 3
 「歌に聞こえる」と聴取された音声のスペクトログラムとピッチ曲線(実線)
 志村・山根・岡林・坂井 (2013).乳児発声が包含する歌唱様音声の音響特徴、日本発達心理学会第24回大会論文集、467.

4.赤ちゃんの泣き声はどれくらいの音量か?


 赤ちゃんの泣き声が虐待のきっかけになった、という報道をよく目にします。「つい、カッとなってしまい、手を上げた」という言葉が続き、とてもつらい思いをします。では、赤ちゃんの泣き声の音量は「つい、カッと・・」するくらい激しい声なのでしょうか。
 実際にはいったいどれくらいの音量で泣いているのかは、最近まで定量的な研究結果がなかったため、十分知られていませんでした。泣き声については、これまで小児科の分野で新生児の異常等について知るため、泣き声の音響特性が診断に使われていましたが、ようやく、日常的な泣き声の音響研究も増え、赤ちゃんの声が伝えるさまざまな「感情」研究が進み始めたところです。
 われわれが行った実験は、「無響室」でストレンジシチュエーションの状況で泣いた音声を、音響解析したものです。音量を定量化してみると、カッとするほどの大音量とまではいかず、実際無響室内で我が子が泣くのを聴取した親からの反応は、「いつもよりおとなしく泣いているのね!」「もーっと泣いても良いよ!」でしたので、お分かりいただけると思います。


Figure 4 実験を元に作成した15か月児の泣き音声20秒間のサウンドスペクトル。縦軸は(Hz)、横軸は(sec)
志村(2007), 泣きを観る ―泣き声集めの日々、始まる―。乳児保育と赤ちゃん学. 10-13.
■ 無響室での泣き声収集 
 泣き声を聞き手がどう聞いているかを、客観的に分析するために欠かせないのが、「声の高さ」の基準(Hz)と「音量」の基準(dB)を、定量的かつ正確に、その物理量で計測された泣き声を集めることです。そのためには、音響環境を一定の条件に設定した場所で、たくさんの赤ちゃんの泣き声を録音することが必要になります。そこで、室内の反響が全て取り除かれた空間である無響室を利用し、生後2ヵ月から1歳11ヵ月までの乳幼児が「他者に抱かれた際」の1分間の泣き声を録音しました。
 録音した音声データを解析して得られた音響特性から、泣き声の高さには10kHzまでの高い周波数が観測される音声パターンと7〜8KHzが上限の音声パターンとに大別できました。また、音量については、2KHz程度の高さのところが90dBと大きな音量になる声と、そうでないものに分かれました。これらの激しく強い泣き声と母音が中心で余り強い声でない泣き声は、月齢の差は無く、これらのパターンの組み合わせを観測することができる結果でした。
■ 最近の住宅事情と泣き声 
 この泣き声研究は住宅メーカーとの共同研究に発展し、室内の音響環境(残響時間の差)との関連で、泣き声の聴取実験なども行いました。最近の住宅では通常の フローリングと天井材の室内と、一方、吸音建材やカーペットなどを取り入れた室内を制作し、聴取実験を行いました。その結果、吸音室内で泣き声を聴いた場合では激しい泣き声もじっくり聴こうとする傾向と、声そのものの「質」を聴いて泣きの理由を判断しようとする傾向が見られました。また、残響時間の異なる室内で親子に遊んでもらう実験では、それぞれ残響時間に適した遊び、例えば絵本の読みきかせと追いかけっこは異なる部屋で行われるといった変容も見られました。
▲実験に協力していただいた親子たち ▲無響室での録音の様子

5.保育現場に研究成果を返していくために


 保育所、幼稚園の保育室の環境は、園によって大きく違っています。
 たとえば赤ちゃんの保育室で、赤ちゃんがご機嫌で「ウック−ン」と声を出して遊んでいたら、保育者がそれに気がつき顔を向けて微笑みかけたり、同じ声を返してあげるようなやりとりができるような環境


でありたいものです。赤ちゃんもそれに気づいてまた声を出して、声や表情、ジェスチャーでのキャッチボールができる環境が望まれます。
 しかし、現状はどうでしょうか?特に室内のハード面の差異はとても大きく、室内が反響して、子どもの声やおもちゃが落ちる音が響きわたる所も多いのです。実際にこれまでにわれわれが東京、埼玉、神奈川などの保育所・幼稚園で保育室内の音環境を測定させてもらったところ、そのほとんどがかなりの「騒音」環境であることが分かりました。
 諸外国でも、国としての保育室内の環境基準を作っているところもあり、それに比べると日本の環境は不十分であることが分かります。

6.子育て支援に役立つ情報発信地としての大学


 現代は、子育てする父親・母親の手にはいつも携帯電話が握られている時代になりました。赤ちゃんは生まれたときからきっと「パパとママは携帯が何より大好きなのね」と思って育っていくことでしょう。
 埼玉大学が位置する「さいたま市」は、若い住民がおおく、子育て家庭も多いところです。平成24年から25年にかけて実施された「さいたま市幼児教育あり方検討会議」が実施した調査では、日本の中でも、保育所などに就園せず「在宅している0、1、2歳児が多いこと」がわかりました。
 さいたま市の現状と提言から、より近所の子育て支援センターの増加が望まれています。特に大学には多くのリソースがまだまだ眠っていると思われます。研究者の知見のみならず、学生たちの「子ども観」の醸成や、「保護者」対応に関する基本的なコミュニケーションの力を育成するためにも、大学は大きな力を発揮する取組みができると予想されます。

Figure 5 乳児室内における音圧レベルの時間変動の例


Figure 5の平均値(Laeq)を見て分かるように、保育所では午睡があるのでその時間帯13時〜14時は50dB内外で推移します。しかし、午睡と散歩以外の時間帯は80dB内外となり、時には最大値(Lamax)が100dBをこえる時間も見られます。
 子どもが騒音に惑わされず遊びに集中でき、お互いに大声を張り上げなくても子ども同士が会話できる落着いた環境づくりが、今、求められていると考えます。


環境音の音圧と実際の音源例とレベル例
110dB:列車が通る高架下
100dB:ハンドブレーカー
90dB:騒々しい工場、カラオケ店内
80dB:地下鉄の車内
70dB:騒々しいオフィス、街頭
60dB:一般的なオフィス 
40dB:図書館の中
30dB:ささやき声、寝室

■ 吸音素材を使った保育室の工夫


附属幼稚園では、構造上どうしても反響してしまう室内に吸音材を導入しました。壁面にグラスウールを加工した板を貼り付けています。天井に吸音建材を張るのが最も効果的ですが、こうした工夫でも反響がかなり減るため、お互いの話し声が明瞭に聞こえるようになり、「耳の健康」にも役立ちます。

研究者一覧