清水由紀 | 研究者たちの素顔 Vol.3

　人間の誕生（受胎）から死までの個体発生のプロセスを「発達」という。発達を考えるとき、人という種の誕生から滅亡までの過程、すなわち系統発生（進化）の視点が欠かせない。他者とかかわり集団生活を営む形に進化してきた人間。人間とはいかに社会的な存在であり、他者とコミュニケーションをとりながら生きていくのか。これらの問いについて、人間発達科学の観点から解明するのが究極の目標である。

従来の発達心理学の主なアプローチは人間としての普遍的な発達を解明してきた。
しかし、子どもは文化的な真空状態に生まれ落ちるわけではなく
歴史的に作られた暗黙のルール (文化)に埋め込まれて育つ。
そのため、発達において文化はどのように影響するのかを調査する必要がある。

Degree of Individualism

個人主義的・相互独立的な見方
「人とは他の人や周りの物事とは区別されて独立に存在するものである」という見方で、人の行動の原因として、性格、能力、才能、動機など「内的要因」を重視する。欧米に多い。

集団主義的・相互協調的な見方
「人間は周囲の人とかかわり合いつながり合って存在している」という見方で、人の行動の原因として、社会から求められる役割や周りの人からの期待など「外的要因」を重視する。東アジアに多い。

　近年、社会的な存在である人間は、他者とのコミュニケーションにかかわる認知的に高度なプロセスも、自動的に行っていることが次々と明らかにされている。その中でも、他者の行動を見ただけで、その人がどんな人かを一瞬で、時には無意識に、判断しようとするプロセスに着目して研究を行っている。私たちは、相手の性格を一瞬で理解することにより、今後その相手がどのような行動をとりやすいかを予測できるし、その相手とどうつきあっていけばよいかを考えることができるのだ。そのように、他者とのコミュニケーションを円滑に行っていくための認知パターンを、私たち人間は有しているのである。

　ここで疑問なのは、そのような認知パターンが人間に共通に、つまりは普遍的に見られるのか、あるいは後天的に学んでいくのか、ということだ。それを解明していくためには「文化」がキーワードとなってくる。

　人は「真空状態」で生まれてくるわけではない。文化という、古くから人々が作り上げ営んできた体系の中に生まれ育つ。生まれたときから、文化を吸収し
その中で適応するように発達し、そして

文化を継承したり新たな文化を創り出していく。では、異なる文化に生まれ育つことは、心の働きにどのような違いをもたらすのだろうか？　欧米的な考え方と、アジア的な考え方が異なることは、皆感じるところであるが、こうした「心の文化差」は他者を理解するときの認知パターンにも表れるのだろうか？

　例えば、誰かが電車で席を譲っているのをみて、その人が「親切な人だ」と思うのか、「優先席に座っていて他の人の目が気になったのだ」と思うのか。あるいは，人を殴るのを見て，「攻撃的な人だ」と思うのか，「侮辱されたからついカッとしたのだ」と思うのか。自分や他者を社会的属性や役割の観点から語る傾向のあるアジアの人々は、自分や他者をパーソナリティの観点から語る傾向のある欧米の人々よりも、「他の人の目が気になった」などの、行動の行われた状況を重視する傾向があることが解明されつつある。

他者の行動から性格特性を判断する傾向の強さ（ニューヨーク大学との共同研究）

0歳、1歳、3歳、5歳、7歳・・・と発達するにつれ、共通する部分と心の文化差が、発達のどの時点で、どのような形で現れてくるのかを調べることにより、「普遍的な人間発達」と「心のあり様の文化差」の相互作用を解明することができる。発達心理学と文化心理学の融合により、「人間とはどのような存在なのか？」という大きな問いに立ち向かっていけると考えている。