03 野中 進 20世紀前半から現代にいたるロシア文化の研究
社会、グローバル、文化、教育
  PROFILE
野中 進 

教養学部 准教授
ヨーロッパ・アメリカ文化専修 ヨーロッパ文化専攻

〈もうひとつの超大国〉がなくなって20年、ようやくふつうの交流が根づきつつある

〜ロシア文化の伝統と今日を日本に伝えたい〜


20世紀後半、アメリカと覇権を争ったもうひとつの超大国、ソ連が崩壊してからすでに20年以上になります。このことの重みをひしひしと感じるのは、授業で学生にソ連の話をするときです。何しろいまはもう、ソ連が崩壊してから生まれた人たちが大学に入ってくるのですから!
「昔、ソ連という国があってね…」というところから話を始めるとき、世代というものの重みを感じます。
このことはロシアでも同じであり、ソ連という過去を共有しない世代が育ち、政治や経済、教育、ライフスタイルなどのさまざまな分野でまったく新しい感覚をもったロシア人が出現しています。
しかしその一方で、伝統的なロシア、ソ連的な価値観への執着や憧れも同じくらい強く現れています。
		
私は主に20世紀前半のロシア文学や文化のことを調べていますが、それだけでなく、大きく変わりつつあるロシア社会− 新しいものと旧いものへの興味に引き裂かれているかのような― の今日をより多くの学生に知っていただきたいと思い、授業を行っています。また社会の方々にも知っていただきたいと思い、『ロシア文化の方舟』という共編著を若い研究者たちと一緒に、まさにソ連崩壊20年の2011年に出版しました。
ロシアに対する日本社会の関心は、政治経済の分野に偏っており、これは隣国に対する態度としてはお粗末なものと言わざるを得ません。多くのロシア人が日本文化に示してくれる関心の高さと比べるとき、とくにそう思います。
私はこういう日本の状況を変えたいと思って、研究と教育、社会発信に取り組んでいます。

■研究 〜研究面3つの柱〜

1  アンドレイ・プラトーノフの研究


 ソ連時代の小説家で生前は不遇でしたが、いまでは20世紀ロシア文学を代表する一人に数えられています。
日本語では『アンドレイ・プラトーノフ作品集』(原卓也訳、岩波文庫)、『土台穴』(亀山郁夫訳、国書刊行会訳)などでその作風に触れることができます。
 私はロシアのプラトーノフ研究者と交流しつつ、独自の解釈を打ち立てたいと思っています。

2  ロシア・フォルマリズムとバフチンの研究


 文学・文化研究は歴史学や言語学に比べて意味や形式の問題が複雑なので、さまざまな「文学理論」が編み出されてきました。20世紀のロシアで代表的な文学理論家にフォルマリズムとミハイル・バフチンがいます。
 最近、研究成果の一部を共編著『再考ロシア・フォルマリズム−
言語、メディア、知覚』(せりか書房)にまとめました。

3  ワシーリー・ローザノフの研究


 ソ連崩壊後、ロシアで脚光を浴びている分野に「保守主義」があります。
ソ連時代はタブーだった保守的な作家や思想家がいまのロシアではよく読まれています。ローザノフもそうした保守の論客の一人です。
 政治的には保守反動の顔を持ちつつも、当時は認められなかった離婚の権利や性の問題について大胆に語った思想家です。保守思想を調べることで見えてくる文化の顔もあると感じつつ研究を進めています。

■教育 〜教育面3つの柱〜

1  ロシア語教育


 いまは英語万能論が強いですが、真のグローバル化とはそういうものではありません。外国語を学ぶことは学生の間にしかできない「ぜいたくな学び」です。大学教育の奥深さは第二外国語教育にこそあり、と学生に説いていきたいです。

2  ロシアの古典文学


 トルストイやドストエフスキーの文学は日本の近代文学に大きな影響を与えてきました。最近も新訳でリバイバルヒットが起こるなど、ロシア文学には日本人の心の琴線に触れるものがあるのではないでしょうか。
 最初はとっつきにくくても、読み終わった後はいつまでも忘れない、そういう読書体験を学生時代に積んでもらいたいと思っています。 

3  ロシア文化の変化と伝統


 ソ連崩壊後、正教会が大きな社会的影響力を持つようになりました。また、外食産業が急速に浸透する(ロシアではお寿司も大人気です)一方で、伝統的な食文化への回帰も認められます。新しいものへの憧れと旧いものへの愛着が今日のロシア文化のキーワードであるようです。
 政治や経済も大切ですが、隣国を理解するにはまずその文化や歴史について興味を持たなければなりません。学生諸君には将来の社会人たるにふさわしい「隣国への関心と知識」を持ってもらうべく、ロシア文化論の授業をしています。

■社会発信


「持続する人文」ということをテーマに教養学部の研究
を地域社会に発信していきたいと思っています。


 人生において最後まで残るのは結局、人文的な知、つまり文学や哲学、歴史を学ぶ悦びではないでしょうか。
 また、よく言われる「持続可能な社会」を作るのにも人文的な知の成熟が欠かせないように思います。

 埼玉県男女共同参画推進センター「With Youさいたま」との共催公開講座「ロシア文化の中の女性たち」(2009年9月)などに関わってきました。

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