18 森田 眞史 体内埋込型医療機器・福祉機器の研究開発
社会、経済、産業、文化、生活、医療、福祉、技術、環境、科学
  PROFILE 研究者総覧
森田 眞史
大学院理工学研究科　教授 人間支援・生産科学部門
研究テーマ ■ 医療・福祉機器開発の医工学 （産業）（医薬）（技術） 経 歴 1977年 3月　　信州大学大学院繊維学研究科修士課程修了 1987年 3月　　工学博士（東京工業大学）取得 1977年 4月　　北里大学医学部助手 1988年 4月　　北里大学医学部専任講師 1990年 4月　　北里大学大学院看護学研究科（兼任） 1996年 4月　　北里大学医学部助教授 1998年 4月　　北里大学医療衛生学部、同大学院医療系研究科助教授　 2001年10月　 埼玉大学工学部教授 2002年 4月　　埼玉大学大学院理工学研究科教授、北里大学客員教授（現在に至る） 主な研究領域　 ・関節および関節軟骨のトライボロジー ・人工臓器の開発と生体親和性 学会活動 日本トライボロジー学会、日本機械学会、日本材料科学会、日本バイオマテリアル学会、 本臨床バイオメカ二クス学会、バイオメカニズム学会、等
著書 整形外科バイオメカニクス入門（南江堂） Bone Morphometry（Smith-Gordon/Nishimura） 口腔インプラント学（医歯薬出版）、図解　股関節の臨床（メジカルビュー） 微粒子工学体系 第１巻 基本技術（フジテクノシステム）、トライボロジー辞典（養賢堂） 摩擦・摩耗試験機とその活用（養賢堂）、他

日本のものづくり技術力を活かした先進的医療福祉機器の開発

〜海外依存から脱却し、真に日本人に適合した機器を〜

　体内埋入型医療機器や福祉機器の生産は市場規模、多品種少量生産、安全性のリスク、などの理由で大規模企業の積極的参入が難しく、中小企業が支える典型的な、いわゆる“すきま産業”である。日本は世界をリードする先進的工業立国でありながら、これらの医療機器分野に関しては久しく輸入大国の地位に甘んじている。医療機器の安全性は、個人の体格や生活環境に左右されやすく、日本人には日本の風土生活習慣に適合したものでなければならず、現在の海外依存から脱却し、国内需給率を高めて安全、安心な医療を実現しなければならない。 　そのために、大学、研究所などの研究機関が中小企業の技術力をバックアップすることが効果的であると考えている。 　現在、埼玉大学を中心に関東近在の中小モノづくり企業の皆様に多数ご参加いただいて、研究会方式で医療機器、福祉機器の研究開発を実施している。研究会は平成21年にスタートし、現在、�．肇薀ぅ楜蚕僂鰺僂い真郵�関節の耐摩耗性改善、��義足ソケット製作の機械化とIT技術による安全性の向上、�６眤阿糧�細伸線加工による血管内治療用具の開発、の3つのテーマにワーキンググループを立ち上げて活動している。

PROCESS

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　長年、医療系大学で人工臓器の安全使用の側面から医師、医療技術者へのバイオメカニクス、バイオマテリアルをメインにした教育・研究活動を実施してきた。その実績をもとにして、平成21年度から学内地域オープンイノベーションセンターの医工連携企画のお誘いを受けて、本学産学協議会の中で、多くの医療機関や地域モノづくり企業のご参加をいただいて研究会を立ち上げ、今度は生産者の立場から安全な福祉医療機器の開発をテーマに研究を行っている。研究会発足当初はチタン合金の高い生体親和性を活かした人工股関節骨頭の超精密加工技術の開発のみであったが、平成22年度からは、義足ソケット製作の機械化と安全性能向上を目指した福祉機器研究会が新たに加わり、また、平成23年度からは、脳動脈瘤血管内治療の分野で、従来のPt‐W塞栓コイルに代わるTi-Ta合金製治療用具の開発にも着手している。いずれの研究課題も参加企業各社の持てるコア技術を集合させた全員野球で進められている。

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■ テーマ１ 「PE摩耗ゼロを目指す人工股関節摺動部の開発」

　生体適合性に優れたTi-13Nb-13Zrと超高分子量ポリエチレン（以下、PE）を人工股関節摺動部材に用いた。PEの摩耗を防ぐには、摩擦面を潤滑膜で覆い、できるだけ摺動部材の直接摩擦を避けることが望ましい。それには、骨頭球とPE臼蓋の半径隙間を20μm以下にする必要がある。Ti合金製骨頭球の真球精度を0.5μｍ以下に加工、表面をICF（DLC）被覆、PE表面に親水処理を施すことで摺動面の直接接触を防ぐ。

■ テーマ２ 「未破裂脳動脈瘤の血管内治療用具の開発」

　従来のPt-W製の脳動脈瘤塞栓コイルに代わり、Ti-Ta合金製の新しいコンセプトに基づく血管内治療コイルの開発を目指している。Ti-Ta合金は低剛性、高強度でX線に対する視認性が良好であるだけでなく、細線加工性、耐食性、生体親和性が良好であり、塞栓コイルとしての基本的な適合性はすでに確認した。今後は、金属表面に血管内皮細胞の着床を促進する薬剤を付与し、血管壁を補強することで、動脈瘤の破裂を回避する。また、in vitro, in vivo実験を実施して技術の顕在化を図る。

■ テーマ３ 「生体適合性に優れた義足ソケットの開発」

　義足ソケットは切断肢を支持して歩行機能を獲得する重要なパーツである。不具合は皮膚組織を傷める危険性がある。ソケットはすべて用手的作業でなされていたが、これを機械化することで安全性の向上とコスト削減を目指す。３Dカメラによる切断肢形状の自動採型を可能にし、ハードソケットをバルジ成形加工する。また、切断肢と同等の粘弾性特性を有す

■ �機�PE摩耗ゼロを目指すTi-13Nb-13Zr（F1713）製人工股関節骨頭コンポーネントの開発

【研究開発の背景】

　人工股関節摺動部PE臼蓋コンポーネントの摩耗は埋植周辺組織の強い炎症反応、さらにそれに伴うルースニングを誘発することが知られている。PE臼蓋の摩耗の問題を解消することで人工股関節置換術の適応年齢制限を現状より大幅に緩和することが期待できる。現在の人工股関節置換術の平均寿命は15〜20年で、それ以後はルースニング等の不具合が年を経るごとに急増する。術後10年で再置換の必要な関節は5％、30年で40％に跳ね上がる。PEの摩耗は今なお未解決課題である。PE摩耗の問題が解消できれば若年層まで生体親和性の高い人工関節を提供することが可能であり、股関節疾患に悩む患者のQOL向上に有効である。

【目的】

　本研究は低剛性でかつ生体適合性に優れたTi-13Nb-13Zr製人工骨頭とPE臼蓋コンポーネントの組み合わせによって摺動面に流体潤滑膜の形成維持能を高め、PE臼蓋が直接摩擦されることを避けることでPEの摩耗ゼロを目指す。それにはTi-13Nb-13Zr骨頭の真球精度の高い加工技術が必要である。また、本研究開発に付随する新規技術として、直接接触が一時的に発生した時の備えとして骨頭表面ICF (DLC膜の一種)膜形成とPE表面の親水性処理を施して、よりPE摩耗発生を防止する技術を併せて開発する。

試験装置の仕様 �顱剖�曲・伸展運動 　揺動振れ角：±15° 　 揺動周期：0〜10Ｈｚ �髻貌眄�・外旋運動 　 揺動振れ角：±2.5° 　 揺動周期：0〜10Ｈｚ �鵝鵬拿邸紛�圧方式） 　 立脚期：0〜980Ｎ（サイン波） 　 遊脚期：-150〜0Ｎ（サイン波） 計測項目 １）�顱法��髻砲留親阿鬟皀縫燭垢� ２）�鵝砲魴彗�する ３）屈曲・伸展方向の摩擦トルクを計測する ４）自然電位による骨頭表面の損傷度を観察する ５）骨頭表面、ＰＥ表面を定期的に光学的に観察する

人工関節の課題 PE磨耗が解消すると、若年層まで 人工関節置換術を適応することができる。

問題解決の手段 PE臼蓋の真球加工精度を高めることで 流体潤滑膜を維持し、摺動面の直接摩擦を避ける。

人工関節摺動部PE臼蓋の磨耗 人工関節の未解決課題 骨吸収/ルーズニングの原因になる トライボ技術 新技術 潤滑膜でPE磨耗を防ぐ PE臼蓋と骨頭直接接触しない 流体膜でPEは摩擦ゼロ

▲従来型人工関節の課題とその解決手段

【研究から生まれた成果】

(1) 真球度の高い金属骨頭球とPE臼蓋の加工

試作したφ28骨頭とPE臼蓋 市販のφ28骨頭とPE臼蓋 ※CoCr製骨頭/CoCr製臼蓋 　骨頭径：27.982mm 　臼蓋径：28.058mm 　半径隙間：76μm

▲（右）試作したTi-13Nb-13Zr骨頭とPE臼蓋、（左）市販のCo-Cr製骨頭と臼蓋

(2) PE表面の親水化処理

ポリビニルピロリドン（PVP)をグラフト重合し、骨頭表面の潤滑性維持を容易にする。

■ ＰＥの接触角の経時変化の測定結果

高密度ポリエチレンのプラズマ溶射による表面改質。濡れ角測定結果から、(3)の方法が最も親水性維持能が高かった。

■ Ti13Zr13Nb Pin/PE Diskの摩擦係数

ICF被覆によりPEの移着摩耗の回避（Pin-on-Flat往復動摩擦試験で確認）

■ φ28骨頭球引き抜き時間の測定結果

Pull-out試験の結果　半径すきま10μm以下で高い流体膜維持能が発現

■ �供�Ti-Ta合金を用いた脳動脈瘤内皮組織形成を促す血管内治療用コイルの開発

【研究の概要】

　血管内治療用生体材料としてTi-Ta系超弾性合金を開発した。また、ICF膜の表面に細胞誘導因子を結合した血管内皮細胞の選択的誘導技術を開発した。これらの技術を融合し、従来の塞栓コイル術に代わる脳動脈瘤治療用具を考案し、実用化を目指す。現在賞用されるPt-Wコイル塞栓術は、塞栓物質であるPt-W細線を瘤内に多量に充填して血流を遮断、瘤破裂を防ぐもので、施術に係る経済的負担や充填不足による血流の再開通と栓子遊走など安全面のリスクは高い。新たに開発する脳動脈瘤治療用具は施術に係るリスクを大幅に軽減する。

【研究の背景】

　脳動脈瘤の治療は頭蓋を切開するクリッピング手術に代わって侵襲のより少ない塞栓コイルによる血管内治療へと移行しつつある。1980年に開発、1991年FDA、1997年日本厚労省承認を得て臨床応用されたばかりで臨床応用の歴史は浅く、デバイスを含めて手術手技が十分に確立されておらず、治療技術、安全性、信頼性に対する残された課題も多い。また、国内需要は年々急増しているが、認可されている種類は限られており脳動脈瘤根治術における塞栓術の比率は欧米に比べて著しく低いのが現状である。低侵襲治療用具の開発が強く望まれる。コイルの加工技術については、ほぼすべてのコイルに使用されているPt-W合金は外径φ0.05mm程度の細線加工が限界とされている。より細線加工が可能になることで脳動脈瘤塞栓術の操作性が向上し、コイル塞栓術の手術手技が容易になり、施術に対する安全性の飛躍的向上が期待される。従来のPt-W塞栓コイルは瘤内の充填率をあげることで血流を遮断し、瘤の破裂を防止する。充填率が低いと塞栓で遮断された血流が再開通するので瘤破裂の危険性が以前に増して高くなる。また、充填率を上げるには瘤の内腔を広げるframing用コイルの他に塞栓材料としての長・短種々なfilling用コイルを多数（１回の施術で平均3-15本ほど使用）塞栓物質として留置する必要があり、施術に要する時間の長期化、施術者や患者の精神的、肉体的負担、治療費や施術の安全性に関する負担は大きい。しかし、塞栓物質は従来の塞栓コイルと同様に Pt-Wであるため製品コストは高い。

未破裂脳動脈瘤の血管内治療リスクの比較

Johnston SC, et.al. Ann Neurology. 2000; 48:11-19より引用

【方法】カリフォルニア州立大学サンフランシスコ病院での未破裂脳動脈瘤130症例について、 開頭手術（クリッピング術）と血管内治療（コイル塞栓術）を盲検的に実施。治療成績を比較した。

▲pt塞栓コイルによる未破裂動脈瘤の治療

結論：未破裂脳動脈瘤のコイル塞栓術は、クリッピング術と比べて 　　 合併症の減少と回復期間の短縮が認められました。

【研究から生まれた成果】

血管内治療用具に適したTi-Ta合金の材料特性

材料特性とScaffold材料としての優位性 超弾性（発条性） コイルとデリバリーワイヤーのマイクロカテーテルへの 収納が容易である。 非磁性 MRI、MRAなどの従来は禁忌とされた脳内血管の画像 診断が可能である 耐食性 永久留置が前提であり、極めて高い安全性と体内での 強度劣化に対する耐久性等の信頼性が求められる。 形状記憶特性 開発したTi-Ta合金は形状記憶効果を有するため、 記憶熱処理することによって形状を維持できる性質 がある。1次コイルと2次コイルの形状維持が容易である。 X線非透過性 高い視認性を有し、術中・術後の位置確認が容易になる。 線材加工性（TiNiに比べて） コイルとデリバリーワイヤーの作製に必要な伸線化 （φ30μm）が容易である。一時、二次コイルの巻き線加工 が可能である。 製作コスト（Ptに比べて） 材料はPtに比べて非常に安価である。また、使用する量も 従来のコイルに比べて少なくて済む。

▲SUS,CoCr,TiNiのアノード分極試験 ▲Ti-Ta合金のアノード分極試験

■金属溶解液のLDH細胞毒性試験

L929線維芽細胞の溶出金属による毒性試験 (24時間培養溶出LDH濃度測定による)　Ti-Ta合金は低毒性であることが確認された

■ �掘ゲ拘峺紺汽丱襯言�形による生体力学的適合性に優れた大腿義足ソケット作製技術の開発

【研究の概要】

　特殊熱可塑性プラスチックの温間減圧バルジ成形加工法によるアウターソケット自動作製技術と切断肢の自動採形、立体積層造形法による陽性モデル（切断肢の実物模型、金型に相当）の作製技術を組み合わせて義肢ソケット製作の機械化を図る。また将来は、IT技術を導入して、一括した生産管理ネットワークシステムを構築し、サービスの地域間格差を是正して切断者への等しく高品位なサービス提供を目指す。

【研究開発の背景】

　切断者のQOLに配慮するならば、義足は医療機器と同レベルの安全性を有するものでなければならない。国内ユーザへの安全・安心な義足供給と海外市場への事業展開を進めるには、従来の作製法と供給システムを抜本的に見直し、生体力学的適合性を向上させた高品位な義肢ソケットを開発し、低価格で迅速に供給するシステムを構築する必要がある。そのためには、IT活用と３D形態計測技術は欠かせない。

▲皮膚組織の圧密化と血流のコンプライアンス

【研究開発目標】

　当面の研究開発目標は以下の３つである。 　(1)等価粘弾性を有するインナー（アイソエラスティック・ライナー）の開発 　(2)形状計測のための３次元画像取得システムの開発及び陽性モデルの作製 　(3)軽量で高強度なアウターソケットの開発

【研究から生まれた成果】

　切断肢皮膚組織の機械的性質をした図の粘弾性モデルを用い定量化した。測定は市販の皮膚粘弾性測定器（キュートメータ）を用いた。切断肢皮膚組織の圧密化による血流コンプライアンスを固・液２相系多孔質粘弾性モデルを仮定して定量化し、アイソエラスティック・ライナー開発の指標とした。
▲弾性繊維素材「スパイラルニット」とポリエステル・綿混紡糸の編布作成 ▲キュートメータによる切断肢皮膚の粘弾性測定
研究者一覧