14 石井 昭彦 オレフィン重合触媒と強発光性化合物の開発
社会、経済、グローバル、産業、生活、医療、技術、エネルギー、環境、資源、化学、科学
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石井 昭彦

大学院理工学研究科 物質科学部門
教授

経 歴
1982年3月 埼玉大学理学部化学科卒業
1984年3月 東京大学大学院理学系研究科修士課程修了
1987年3月 東京大学大学院理学系研究科博士課程修了(理学博士)
1987年4月 埼玉大学理学部化学科助手
1994年6月 同助教授
2004年4月 埼玉大学大学院理工学研究科教授

1996年 有機合成化学奨励賞(社団法人 有機合成化学協会)
1997年 フランスCaen大学客員教授

カルコゲン元素の基礎研究から応用研究への展開

〜わかる人にはわかる研究から生まれたみんながわかる研究〜


 現代の私たちの生活に欠かせないもののひとつに、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレンのようなプラスチックがあります。これらは、エチレン、プロピレン、スチレンなどのアルケンが多量化(ポリマー化)した物質で、そのポリマー化反応は触媒を必要とします。また、最近の技術進歩の著しいもののひとつにカラーディスプレイがあります。携帯電話などに使われる小型のものから50インチを越える大型ディスプレイまで日進月歩です。これらの分野の技術革新には、より効率的な触媒や発光物質の開発が必須なのは言うまでもありません。
 さて、私は大学の卒業研究で硫黄化合物を扱って以来、大学院学生時代も含め、硫黄やセレンのようなカルコゲン元素(酸素族元素,周期表の第16族元素)を含む有機化合物を中心に基礎研究を行ってきました。硫黄やセレンは自然界に様々な形で存在しますが、生物の生命活動に重要な役割をもっている元素です。例えば,硫黄は必須アミノ酸のシステインやメチオニンに含まれる元素であり、セレンも生物にとっての必須元素のひとつで、セレノシステインとして酸化還元に関わる酵素反応に関与しています。
		
 私たちはこれまでに、ジチイラン、vic-ジスルホキシド、セレノセレニン酸エステルなどの合成・単離に世界で初めて成功しています。新しい骨格や新しい結合様式をもつ化合物には新しい反応がつきもので、さらに新しい物質や反応が見つかることがあります。このジチイランとvic-ジスルホキシドの研究の際には先例のない反応を見つけ、それを利用していくつかの新規化合物を合成しました。そのひとつがtrans-1,2-シクロオクタンジチオールという化合物で、応用研究のひとつとしてこれを用いて配位子と金属錯体を合成したところ、この錯体がアルケン重合において従来の同種化合物を遙かに凌ぐ触媒活性をもつことを見出しました。また、セレノセレニン酸エステルと金属錯体の反応を研究している過程で、有機EL素子の発光層化合物として期待される、高い効率で蛍光やリン光を発する化合物を発見しました。このように私たちは、基礎研究とそこから発展した応用研究を両輪として研究を続けています。

PROCESS


基礎研究
カルコゲン元素(酸素族元素)を含む有機化合物に関する基礎研究		
		
基礎研究の成果
ジチイラン、vic-ジスルホキシド、セレノセレニン酸エステルの合成・単離に世界で初めて成功		
		
応用研究1
ジチイランおよびvic-ジスルホキシド研究の発展:
trans-1,2 -シクロオクタンジチオールの合成とアルケン重合触媒の開発

応用研究2
セレノセレニン酸エステル研究の発展:
高い効率で蛍光やリン光を発する化合物の開発

■ 高い活性と立体特異性を示すアルケン重合触媒の開発


 オリジナルの有機硫黄化合物1を出発原料として、シクロオクタン環を特徴とし2つの硫黄原子と2つの酸素原子を組み込んだ化合物を設計し,そのジルコニウム錯体2を合成した。
この化合物2は1−ヘキセンを1秒間に8.3回という超高速で重合する触媒として働くことを見出した。生成したポリマーは主鎖に対して側鎖が規則的に同一方向に配列したイソタクチックポリ(1−ヘキセン)であった。この錯体では硫黄のジルコニウムへの配位が重要であることが示唆されている。
 この研究成果はアメリカ化学会誌に速報として掲載されるとともにその表紙を飾り、国内だけでなく世界に向けても大きなインパクトを与えた。

▲高い活性と立体特異性を示すアルケン重合触媒の開発の成果はアメリカ化学会誌に速報として掲載されました。

▲有機硫黄化合物1、▲化合物2、▲1-ヘキセン(単量体、液体) ▲イソタクチックポリ(1- ヘキセン) (重合体、粘性オイル) ▲化合物2の分子構造


私たちは、大気中でたちまち分解するような不安定な化合物を取り扱うことが多い。その時、不活性ガス(アルゴンガス)存在下で実験を行うため、真空ラインやグローブボックスといった実験装置を駆使して研究を行っている。

▲溶液中で強い発光を示す蛍光性化合物

▲結晶状態で強い発光を示すリン光性錯体

■ 特異な骨格を有する含カルコゲン強発光性化合物の開発


 特別な置換基を持った硫黄およびセレン化合物と白金錯体との反応により合成した錯体とアルキン類との反応により生成した化合物3が、溶液中で強い蛍光を示すことを発見した。これをきっかけに、より簡便な合成法を開発し様々な誘導体合成を行った。化合物3の置換基(R)を換えることで発光色や発光の強さ(発光量子収率)を調整することができ、青から赤までの多彩な発光や発光量子収率100%の誘導体合成を達成した。目的に応じた置換基を導入することで化学センサーや生体標識材料としての応用展開が期待される。

 類似した骨格を有する白金錯体4の合成も行い、この化合物が室温かつ結晶状態で多彩かつ強いリン光を示すことを見出した。一般的なリン光性化合物は脱酸素された希薄溶液中、低温で発光を示すが、錯体4は室温・固体状態で強く発光する珍しい性質を持つ。エレクトロルミネッセンス(EL)による発光では蛍光性化合物よりもリン光性化合物の方が高い効率で発光状態を作り出すことができるため、今後、有機ELデバイスの発光層としての利用に期待が持たれる。

 化合物3,4ともに,これまで発光性有機化合物にはほとんど用いられてこなかったセレンやテルルを含んでいることも大きな特徴であり、それらの元素の特性を活かした新しい機能発現を夢見て、日々研究を行っている。

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