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動物の発生を司るHoxクラスターは脊椎動物の進化過程で機能が多様化した(大学院理工学研究科 川村哲規 准教授)

2021/6/9

概要

 埼玉大学大学院理工学研究科 生体制御学コースの山田一哉 大学院生と川村哲規 准教授を中心とする研究グループは、情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所 前野哲輝 技術専門職員と共同で、動物のボディープランを規定するHox遺伝子クラスターが、マウスとゼブラフィッシュの間で多くの異なった機能をもつことを明らかにしました。Hox遺伝子クラスターは、動物の体づくりの基盤となる役割を担う遺伝子群で、これまで進化的にも機能が高く保存されていると考えられていましたが、本研究結果は、脊椎動物の進化の過程の新しい側面を示すものとなります。この研究成果は、国際科学誌「Development」に6月7日付のオンライン版で掲載されました。

研究内容


 Hox遺伝子群は、動物のからだの体軸に沿った様々な形づくりの基盤となる重要な役割を担います。Hox遺伝子群は、特定の染色体に複数のHox遺伝子が一列に並んだHoxクラスターを形成しているのが一つの大きな特徴です(図1)。Hox遺伝子群の重要性を端的に表すのは、ショウジョウバエのHox遺伝子であるホメオティック遺伝子群の変異体で、ホメオティック遺伝子のひとつに突然変異が生じると、ショウジョウバエの触覚が別の脚に置き換わってしまう異常が生じてしまいます。このようにHox遺伝子群は動物において広く保存され、動物の形態形成を司る基盤的な役割を担っていることが分かっています。 ヒトを始めとする脊椎動物では、進化の初期段階(約5億年前)に生じた2回の全ゲノム重複により、単一であったHoxクラスターは4つのHoxクラスターへ分岐しました(図1)。その後、一部のHox遺伝子は失われたものの、マウスやヒトでは4つのHoxクラスター(HoxA, HoxB, HoxC, HoxD)がそれぞれ別の染色体に存在し、合計39個のHox遺伝子が保持されています。一方、真骨魚類では3度目の全ゲノム重複が生じ、さらにHoxクラスターが倍加しました。本研究で用いた小型熱帯魚のゼブラフィッシュでは、一つのHoxクラスターは消失しましたが、合計7つのHoxクラスターが存在し、48個のHox遺伝子が存在しています。脊椎動物Hox遺伝子の機能について、これまでマウスでの研究が主流であり、39個あるマウスのHox遺伝子のほぼ全てについて、機能を欠失したノックアウトマウスが作製され、解析が行われてきました。しかしながら、マウスで得られた研究成果が、脊椎動物の間で同様に当てはまるのかについては、カエルや魚などを用いて一部のHox遺伝子について研究が実施されていましたが、Hox遺伝子全般については不明のままでした。Hox遺伝子の機能が脊椎動物の進化の過程で保存されているかを検証する上で、マウスと進化的に離れている魚類が最適です。しかしながら、ゼブラフィッシュには48個のHox遺伝子が存在します。数が多いため、各々のHox遺伝子の機能を明らかにし、全体像を比較することはとても難しいと考えられます。そこで、本研究では、脊椎動物のHox遺伝子は、Hox遺伝子のみから構成される遺伝子クラスターを形成するという特徴に着目し、ゼブラフィッシュに存在する7つのHoxクラスターの両端をゲノム編集技術CRIPSR-Cas9法に より同時に切断し、Hoxクラスター全域を欠失させた変異体を作製することで、Hoxクラスター単位での機能比較を試みました(図2)。その結果、ゼブラフィッシュのHox遺伝子48個全て網羅する7つのHoxクラスター欠失変異体の作製に成功し、さまざまな発生過程における役割を網羅的に解析し、すべてカタログ化しました。また、7つのHoxクラスター欠失変異体のうち、成魚まで生存した5つについては、X線マイクロCTスキャンを用いて、成魚における全身骨格や臓器などの軟部組織について詳細な解析を行いました。

 今回、得られた成果から、マウスとゼブラフィッシュの相同なHoxクラスター間で機能が異なる点が多く見出されました。具体的には、ゼブラフィッシュの7つのHoxクラスター欠失変異体のうち、hoxbaクラスター欠失変異体が後脳、胸びれ、下顎骨格や側線の形成に異常を示し、最も重篤であることが分かりました。重要なことに、マウスのHoxBクラスターを欠失した変異体では、後脳に異常を示すという共通点は認められますが、ゼブラフィッシュのhoxbaクラスター欠失変異体で観察された後脳以外の異常に関しては報告されていません。また、HoxDクラスター全域を欠失したマウスでは、四肢の形成異常や頸椎の癒合などが観察されます。しかしながら、ゼブラフィッシュで相同なhoxdaクラスターを欠失した場合では、胸ひれや腹ひれ(四肢の相同器官)に異常は認められず、脊椎骨も正常に形成されていることが分かりました。さらに、ゼブラフィッシュhoxcaクラスター欠失 変異体では、魚類に特有の構造である浮き袋の形成に異常が生じることが判明しました(図3)。また、ゼブラフィッシュなどのコイ科やナマズ科の魚などから構成される骨鰾類は、優れた聴力をもつ魚として有名で、ウェーバー器官と呼ばれる聴力増幅を担う骨格を独自に発達させています。X線マイクロCTスキャンを用いた解析から、hoxcaクラスター欠失変異体でウェーバー器官の骨が著しく乱れることが分かりました(図4)。これらの結果から、hoxcaクラスターは、魚類の進化過程で魚類特有の機能を新たに獲得したことが示唆されました。


 Hoxクラスターは、動物の発生において極めて重要な基盤的な役割を担うことから、実験を開始した当初は、「同じ脊椎動物であるゼブラフィッシュとマウスのHoxクラスターの機能は類似しているであろう」と想定していました。しかしながら、この予想に反して、ゼブラフィッシュとマウスにおいて機能的な相違が多く見出されました。本研究から導き出されることとして、脊椎動物のHoxクラスターは約5億年前に4つに分岐した後、独自の進化の過程で異なる機能分担化、そして新機能を獲得し、機能が多様化したことが示唆されます。しかしながら、作製したゼブラフィッシュの変異体はHoxクラスター全体を機能欠失させたため、具体的にクラスター内のどのHox遺伝子が違いを生じさせているかについては不明です。そのため、今後、ゼブラフィッシュにおいて各Hox遺伝子の機能を明らかにし、その違いを生じさせた原因を明らかにすることが課題です。また、ゼブラフィッシュは3回目の全ゲノム重複を経ているため、マウスやヒトが有しているHoxクラスターがさらにもう一回、分岐した状態にあります。分岐したHoxクラスターを同時に欠失させたゼブラフィッシュの変異体を作製し、マウスの知見と比較することで、脊椎動物の進化に伴って、Hoxクラスターの機能がどのように変遷したのか明らかになることが期待されます。

論文情報

掲載誌 Development
論文 An atlas of seven zebrafish hox cluster mutants provides insights into sub/neofunctionalization of vertebrate Hox clustersこのリンクは別ウィンドウで開きます
著者名 Kazuya Yamada*, Akiteru Maeno*, Soh Araki, Morimichi Kikuchi, Masato Suzuki, Mizuki Ishizaka, Koumi Satoh, Kagari Akama, Yuki Kawabe, Kenya Suzuki, Daiki Kobayashi, Nanami Hamano, and Akinori Kawamura
山田一哉*, 前野哲輝*, 荒木 颯, 菊地守道, 鈴木聖人, 石坂瑞樹, 佐藤こうみ, 赤間 燿, 河部友貴, 鈴木賢弥, 小林大貴, 浜野七海, 川村哲規
(* these authors contributed equally to this work)

作製したゼブラフィッシュhoxクラスター欠失変異体について

作製したhoxクラスター欠失変異体は、全ての系統をNational BioResource Project(ゼブラフィッシュ)に寄託しています。ゼブラフィッシュの発生などにおけるHox遺伝子群の機能解析として、利用することが可能です。

参考URL

川村 哲規 (カワムラ アキノリ|埼玉大学研究者総覧このリンクは別ウィンドウで開きます

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