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植物の乾燥耐性とバイオマス生産性を高める化合物を発見-農作物を乾燥に強くする肥料や技術の開発に貢献-(大学院理工学研究科 川合真紀教授 共同研究)

2021/9/3

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター植物ゲノム発現研究チームの関原明チームリーダー、ザルナブ・アーマド研修生、クラーム・バシール研究員(研究当時)らの国際共同研究グループは、「ニコチン酸[1]」が植物の乾燥ストレス耐性とバイオマス生産性を高めることを発見しました。

本研究成果は、農作物の乾燥耐性を強化する肥料や技術の開発に貢献すると期待できます。

植物を乾燥や干ばつに強くするために、遺伝子組換えや化合物などにより植物の乾燥耐性を強化する技術の開発が進められてきています。従来の技術の多くでは、乾燥ストレス耐性は強化されるもののバイオマス生産性が減少するという課題がありました。

今回、国際共同研究グループは、生体内の電子伝達反応を担うNAD[2]という化合物の生合成経路(NAD生合成サルベージ経路[3])に含まれる遺伝子の機能を解析しました。その結果、ニコチンアミダーゼ3(NIC3)[4]の遺伝子を過剰発現させること、またはNIC3の代謝物であるニコチン酸を植物に与えることで、植物の乾燥ストレス耐性が強化され、バイオマス生産性が向上することを明らかにしました。

本研究は、科学雑誌『Plant Molecular Biology』オンライン版(8月30日付)に掲載されました。


ニコチン酸はシロイヌナズナの乾燥耐性およびバイオマスを高める

※国際共同研究グループ
 理化学研究所 環境資源科学研究センター
  植物ゲノム発現研究チーム
   チームリーダー      関 原明  (せき もとあき)
   研修生          ザルナブ・アーマド(Zarnab Ahmad)
   研究員(研究当時)    クラーム・バシール(Khurram Bashir)
   研究員(研究当時)    松井 章浩 (まつい あきひろ)
   テクニカルスタッフⅠ   田中 真帆 (たなか まほ)
  技術基盤部門 質量分析・顕微鏡解析ユニット
   専門技術員        佐々木 亮介(ささき りょうすけ)
   客員主管研究員      及川 彰  (おいかわ あきら)
   ユニットリーダー     平井 優美 (ひらい まさみ)
 埼玉大学 大学院理工学研究科  環境制御システムコース
   大学院生         チョモリグ (Chaomurilege)
   大学院生         ソ・エンケイ(Zu Yanhui)
   教授           川合 真紀 (かわい まき)
 パンジャブ大学 卓越分子生物学センター
   教授           ブッシラ・ラシード(Bushra Rashid)
   教授           テイヤブ・フスネイン(Tayyab Husnain)

研究支援
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)「二酸化炭素資源化を目指した植物の物質生産力強化と生産物活用のための基盤技術の創出」研究領域(研究総括:磯貝彰(奈良先端科学技術大学院大学名誉教授))における研究課題「エピゲノム制御ネットワークの理解に基づく環境ストレス適応力強化および有用バイオマス産生」による支援を受けて行われました。

1. 背景

地球温暖化などの環境変動による干ばつの発生や砂漠化の進行は、作物の成長・収量の低下などをもたらすため、人類が持続可能な生活を行う上で地球規模の深刻な課題になりつつあります。また、世界の人口は2050年までに100億人に達すると予想され、より多くの作物の生産性を上げることが必要になると予測されています。このような状況の下、乾燥などの環境ストレスに対して強い植物の創出技術の開発が、食糧問題、人口問題、環境問題などの面からも緊急に取り組むべき重要課題の一つになっています。

環境ストレス耐性植物の創出技術の開発研究は、国内外の研究グループによって精力的に進められています。しかし、従来の技術では、乾燥ストレス耐性は強化されるものの、バイオマス生産性が減少するという課題があり、その両方を達成する新たな戦略が必要とされていました。

2. 研究手法と成果

国際共同研究グループは、これまでに植物の乾燥ストレスに対する適応に関する分子メカニズムの解明を目指してトランスクリプトーム解析[5]を実施し、根組織特異的に乾燥ストレスにより発現誘導される遺伝子群を同定していました。

ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)は生体内の電子伝達反応を担う化合物です。植物におけるNADの生合成経路には、アスパラギン酸を出発材料としたde novo経路とニコチンアミドを利用するサルベージ経路の二つがあります。今回、国際共同研究グループは、NAD生合成サルベージ経路に含まれるニコチンアミドの加水分解酵素の一つのニコチンアミダーゼ3(NIC3)の遺伝子に着目し、その機能を調べました。

その結果、シロイヌナズナを用いて、NIC3遺伝子を過剰発現させると、乾燥ストレス耐性が強化され、かつバイオマス生産性が向上することが分かりました(図1上段)。さらに、NIC3の代謝物である「ニコチン酸」を植物に与えることでも、同様の効果が得られることを明らかにしました(図1下段)。


図1  NIC3遺伝子過剰発現またはニコチン酸を用いた乾燥耐性実験とバイオマス生産性評価
上段:シロイヌナズナの野生株とNIC3遺伝子を過剰発現させた系統の株を乾燥させると、野生株は枯れたが、NIC3過剰発現系統では乾燥ストレス耐性が強化された(左)。また、通常の条件で育成したところ、NIC3過剰発現系統では、野生株よりもバイオマス生産性が向上した(右)。
下段:左はニコチン酸の構造式。シロイヌナズナにニコチン酸を投与しても、上段と同様の効果が得られた。

次に、上記の結果の分子メカニズムを明らかにするために、NIC3遺伝子の過剰発現系統のトランスクリプト―ム解析およびキャピラリー電気泳動-飛行時間型質量分析計(CE-TOF MS)[6]を用いたメタボローム解析[7]を行ったところ、NAD生合成、環境ストレス耐性、成長などに関与する遺伝子の発現や代謝物が増加していることが分かりました(図2)。また、分光光度分析から、NIC3遺伝子の過剰発現系統の根組織では、通常の生育条件においてNADの還元型と酸化型の比(NADH/NAD)が減少していることが分かりました。NADH/NADの減少は乾燥ストレス時と似た状態であり、これが乾燥ストレスに対する適応力の向上につながっていることが示唆されました(図2)。

一般に、乾燥ストレス耐性植物では成長の遅れが見られますが、NADサルベージ経路を操作することにより、乾燥ストレス耐性の強化およびバイオマス生産性の向上の両方が可能になることが明らかになりました(図2)。


図2 乾燥耐性強化・バイオマス生産性向上の分子メカニズム
NAD生合成サルベージ経路に含まれるNIC3遺伝子の過剰発現、またはNIC3の代謝物であるニコチン酸を植物に与えると、NADサルベージ経路の代謝や環境ストレス耐性・成長などに関与する遺伝子や代謝物のリプログラミングおよび根におけるNADH/NAD比の減少などが起こる。これらを介して、乾燥ストレス耐性が強化され、バイオマス生産性が向上する。

3. 今後の期待

本研究では、NAD生合成サルベージ経路の代謝物であるニコチン酸を高蓄積させることにより、植物の乾燥耐性およびバイオマス生産性を高められることを発見しました。本成果を応用すれば、将来的に農作物を乾燥ストレスに強くする肥料や農薬の開発、それに伴う収量増産などに貢献できる可能性があります。

従って今回の研究は、国際連合が2016年に定めた17項目の「持続可能な開発目標(SDGs)[8]」のうち「2. 飢餓をゼロに」への貢献が期待できます。

4. 論文情報

タイトル Overexpression of nicotinamidase 3 (NIC3) gene and the exogenous application of nicotinic acid (NA) enhance drought tolerance and increase biomass in Arabidopsis.
著者名 Zarnab Ahmad, Khurram Bashir, Akihiro Matsui, Maho Tanaka, Ryosuke Sasaki, Akira Oikawa, Masami Yokota Hirai, Chaomurilege, Yanhui Zu, Maki Kawai-Yamada, Bushra Rashid, Tayyab Husnain, Motoaki Seki
雑誌 Plant Molecular Biology
DOI 10.1007/s11103-021-01179-z

5. 補足説明

[1] ニコチン酸
ナイアシンと呼ばれる水溶性のビタミンB群の一種で、体内の酸化還元反応に関わっている。糖質、脂質、タンパク質を代謝してエネルギーを産生する酵素や、アルコールを分解する酵素などの働きを助ける。

[2] NAD
ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド。全ての真核生物と多くの古細菌、真正細菌で用いられる電子伝達体である。さまざまな脱水素酵素の補酵素として機能し、酸化型(NAD+)および還元型(NADH)の二つの状態を取り得る。また、脱アセチル化やADPリボシル化といったタンパク質の翻訳後修飾にも関わっており、エネルギー代謝にとどまらず、分化・増殖といったさまざまな細胞内機能の調節を行っている。

[3] NAD生合成サルベージ経路
植物におけるNADの生合成経路には、下図のように、アスパラギン酸を出発材料としたde novo経路とニコチンアミドを利用するサルベージ経路の二つがある。

[4] ニコチンアミダーゼ3(NIC3)
ニコチンアミダーゼ(NIC)は、ニコチンアミドを加水分解してニコチン酸を生成する反応を触媒する。シロイヌナズナのゲノムには四つのNIC遺伝子が存在しているが、そのうちNIC3遺伝子は乾燥処理により根において特異的に強く発現誘導される。

[5] トランスクリプトーム解析
細胞中に存在する全てのRNAの発現プロファイルを網羅的に解析すること。遺伝子の機能解析や遺伝子ネットワークの解析などに利用されている。

[6] キャピラリー電気泳動-飛行時間型質量分析計(CE-TOF MS)
キャピラリー電気泳動装置(CE)を飛行時間型質量分析計(TOF/MS)に接続した分析計。キャピラリーの両端に高電圧をかけることにより、サンプル溶液中に含まれる化合物が、各物質の[電荷]/[イオン半径]の比に基づいて移動し分離される。その後、質量分析装置により試料成分をイオン化させ、得られたイオンを真空で質量と電荷の比(m/z)によって分離し測定する。CE-TOF MS はcapillary electrophoresis - time of flight mass spectrometryの略。

[7] メタボローム解析
メタボロームは細胞内で合成された低分子代謝産物の総体を指す。植物における総代謝物質は20万~100万種と考えられている。メタボローム解析とは、このメタボロームを網羅的に測定・解析すること。

[8] 持続可能な開発目標(SDGs)
2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17のゴール、169のターゲットから構成され、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる(外務省ホームページから一部改変して転載)。

参考URL

川合真紀(カワイ マキ)|埼玉大学研究者総覧このリンクは別ウィンドウで開きます