13 小竹 敬久 植物細胞壁の生化学
技術、生物、化学、科学
  PROFILE 研究者総覧 Researcher ID
小竹 敬久

		理工学研究科 生命科学部門 分子生物学領域
		植物糖鎖生物学 准教授

経 歴
1995年3月 広島大学総合科学部卒
1997年4月〜2000年3月 日本学術振興会 特別研究員(DC)
2000年3月 広島大学大学院生物圏科学研究科修了、博士(学術)
2000年4月〜12月 岡山県生物科学総合研究所 流動研究員
2001年1月〜6月 科学技術振興事業団 特別研究員
2001年7月〜 埼玉大学理学部・大学院理工学研究科 助手・助教を経て現職

業 績
日本植物生理学会・論文賞(2005年)
東京糖鎖研究会・奨励賞(2009年)
日本植物学会・奨励賞(2010年)

新種の酵素を見つけることは、未知の細胞内活動を知ること

〜植物細胞壁の未解現象を読み解く〜


 「動物細胞にはなく植物細胞にあるもの」を考えたとき、真っ先に思い浮かぶのは、細胞壁と葉緑体ではないでしょうか。細胞壁は植物細胞の形や大きさを決めており、葉緑体と並んで、植物を植物たらしめる細胞の特徴です。実際に、樹木の巨体を支え、ふわふわの綿を作り、果実にシャキシャキした歯ごたえを与えているのは、細胞壁です。我々人類も古来から、燃料(薪など)、衣服(麻、木綿)、食物、紙として、細胞壁を利用しています。では、細胞壁はどのようにつくられるのでしょうか。私たちは、この疑問に答えるべく、糖ヌクレオチドという物質に着目した研究を展開しています。
		
 細胞壁の大半は、セルロースやヘミセルロース、ペクチンなどの多糖類で構成されていますが、糖ヌクレオチドはこれら多糖類の原料物質です。例えば、セルロースはUDP-グルコースという糖ヌクレオチドから、キシランという多糖類はUDP-キシロースから合成されます。私たちは最近、様々な糖ヌクレオチドを合成する新種の酵素を発見しました。新種の酵素が存在するということは、今までに知られなかった化学反応(酵素は化学反応を起こりやすくするタンパク質です)が存在することを意味しています。細胞壁をもつ植物は、進化の過程で、糖ヌクレオチドの合成機構を発達させたと予想されます。現在は、バイオ燃料に適した植物や成長が早い植物、環境ストレスに強い植物の開発にも取り組んでいます。

PROCESS

新種酵素の発見まで


1.新種の酵素が存在するかの検討
新種の酵素の活性(酵素のはたらきで起こる化学反応)を測定する方法を確立するのが、最初の仕事です。ある植物で新種の酵素のはたらきがみられれば、その植物にはその酵素が存在する、ということになります。

2.市場で野菜を大量購入
優れた植物材料を大量に調達することも研究の重要プロセスの一つです。
1kg、2kgは当たり前、数十kg使うこともあります。最近は、えんどう豆の芽生え(豆苗:トウミョウ)やダイコンをよく使います。

3.クロマトグラフィーによる精製
樹脂を詰めた筒に試料を通して夾雑物を除く作業(この操作をクロマトグラフィーといいます)を繰り返して、新種酵素を精製します。最近はこの作業ができる研究者が減り、一種の特殊技術になってきました。

4.遺伝子の単離
まず、精製した酵素のアミノ酸配列を調べます。この作業で、酵素がある程度特定されます。
次にアミノ酸配列の情報を基に、遺伝子を単離します。植物から抽出したRNAからcDNAを作り、PCRで目的の遺伝子を増幅・回収します。

5.組換えタンパク質の作成
単離した遺伝子を大腸菌や酵母ではたらかせて、新種の酵素を大腸菌や酵母で大量に作ります。
この酵素を用いて、酵素がどんな条件ではたらくか、本当に新種の活性をもっているか、などを調べます。

■ 糖ヌクレオチドの合成・代謝に関する研究

▲ 結局、光合成で同化された炭素の大半は、糖ヌクレオチドを経て、細胞壁多糖類になる。


 植物は光合成によって、二酸化炭素を吸収するが、その大半は、細胞内で糖ヌクレオチドとなり、細胞壁の多糖類(セルロースやヘミセルロース、ペクチンなど)の合成に使われる。
 糖ヌクレオチドの合成・代謝を人為的に制御できれば、植物による細胞壁多糖類の合成を高められる可能性がある。

■ 同化炭素の流れと糖ヌクレオチドの合成経路

▲ 細胞壁多糖類の合成は、糖ヌクレオチドのレベルと糖転移酵素の活性で制御される。

糖ヌクレオチドの代謝と糖移転酵素による多糖類合成


・糖ヌクレオチドは細胞壁多糖類の「原料」 
・糖転移酵素の活性と糖ヌクレオチドレベルが重要


 糖ヌクレオチドは、細胞壁多糖類の原料物質である。植物細胞壁には、セルロースの他にヘミセルロースの一種であるキシログルカンやグルクロノキシランなど、様々な多糖類が存在するが、これらはいずれも特定の糖ヌクレオチドから合成される。糖ヌクレオチドの合成・代謝を活性化または抑制することで、多糖類の蓄積を高めたり抑えることができる。

■ 同化炭素の流れと糖ヌクレオチドの合成経路

▲ イネの変異体カマイラズ(鎌要らず)は茎(節間)の強度が著しく低下しているため、折り曲げると簡単に引きちぎれてしまう。

■ 茎の強度が極端に低下したカマイラズ変異体

正常なイネとカマイラズの比較 電顕写真:教育学部・金子康子教授との共同研究


私たちは、新種の糖ヌクレオチド合成酵素である、UDP-糖ピロホスホリラーゼを発見した。この酵素は、国際生化学・分子生物学連合の酵素命名委員会から、酵素番号EC 2.7.7.64を付与されている。

■ ポキポキ折れるイネのカマイラズ変異体の研究


 イネのカマイラズ変異体は、その名(鎌要らず)のとおり、手で簡単に俺ちぎれる突然変異体です。この変異体では、細胞壁の合成・構築が異常なために、細胞壁が薄くなっています。
 カマイラズ変異体と逆の現象を起こすことができれば、二酸化炭素からより多くの細胞壁多糖類を合成する植物を作出できるかもしれません。

■ 原因遺伝子のマップベースドクローニング


・今回の解析で、第9染色体の55-58 cM領域にBc6遺伝子を絞り込んだ。
・1番上、第9染色体;2段目、BACクローンとDNAマーカー;3段目、Bc6遺伝子の模式図。
・マッピングにより変異遺伝子を赤い線の領域に絞り込んだ。


ジャポニカのイネとインディカのイネの遺伝子配列の違いを利用して、原因遺伝子座(住所)を突き止めました。Bc6というカマイラズ変異体は、セルロース合成酵素の触媒サブユニットに異常があることがわかりました。

■ 細胞壁糖タンパク質アラビノガラクタン-プロテインに関する研究

 アラビノガラクタン-プロテイン(AGP)は、細胞の外側ではたらく情報伝達分子の一つです。AGPは、植物の成長や分化、生殖、ストレス耐性など、多様な現象に関わっています。私たちは、AGPの糖鎖部分に特異的に作用する分解酵素を利用して、AGPの機能の解明を目指した研究を展開しています。


AGP研究の課題
・糖鎖はAGPの機能に重要(xylogen, TTS)
→ヘテロで複雑な構造、解析・改変が困難
・AGPは分子種が多い
→大半は機能不明、変異体で形質が出にくい

■ AGPの可視化


・コアプロテイン遺伝子にGFP遺伝子を挿入
・特定の分子種の発現や局在を解析可能

▲ シロイヌナズナ根でのAGPの可視化

■ 細胞間情報分子としてのアラビノガラクタン-プロテイン


細胞間情報分子AGP
・植物のプロテオグリカン
・多様な生理現象に関与
 (成長・分化、生殖、細胞死、細胞接着、
  ストレス応答、病害応答、等)
・分子機能の解明が進んでいない

■ AGP糖鎖の生理機能の解明を目指して


AGP糖鎖分解酵素の利用
・糖鎖には共通構造が存在する
・共通構造は特異的分解酵素で分解可能

■ AGPの糖鎖分解酵素や糖ヌクレオチド合成酵素を発見しました。

  1. 
1990年:EC 3.2.1.145
Official name:Galactan 1,3-beta-galactosidase
  2. 
2003年:EC 3.2.1.164
Official name:Galactan endo-1,6-beta-galactosidase
  3. 
2004年:EC 2.7.7.64
Official name:UTP-monosaccharide-1-phosphate uridylyltransferase
Alternative name:UDP-sugar pyrophosphorylase, USP
  4. 
2011年:EC 3.2.1.181
Official name:Galactan endo-1,3-beta-galactosidase

※ 酵素の情報は、ExpasyのWebサイト(http://enzyme.expasy.org/)で見ることができる。

研究仲間に支えられて


 実は、自分の力だけでできることは限られています。研究をうまく進めるには、どんな方針で進めるか、どんな方法があるか、いい材料・試料をもっていないか、失敗した結果に面白い事実が含まれていないか、など、研究仲間(共同研究者)からの助言が重要です。

 私の周りには、ラボの教授である円谷先生(AGPの大家)をはじめ、学内外に師匠、友人、共同研究者が大勢いて、いろいろな方のご協力で研究が成り立っています。うまくいかない時に研究仲間に相談するのも、研究の楽しみの一つです。

研究者一覧