15 岸本 崇 代数幾何学:目に見えないモノの探究
教育、科学
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岸本 崇
大学院理工学研究科 准教授

経歴・履歴
1997年 東京工業大学・理学部・数学科卒業
2002年 大阪大学大学院理学研究科・数学専攻・博士課程修了
2004年 埼玉大学理学部数学科・助手
2010年 埼玉大学大学院理工学研究科・准教授
      (この間、2006年11月〜2008年10月 海外特別研究員として
      フーリエ数学研究所 (フランス・グルノーブル) に滞在.)

趣味
・ジョギング (通勤ジョギング)
・マラソン (フルマラソン自己ベスト:2時間49分13秒)
・フランス語 (Dalf C2 取得)

見えない幾何学とのつきあい方

〜姿が見えないからこそ、外見に束縛されない自由な発想ができる〜


 物事の本質はその表面的な見た目ではなく、内面的な構造にこそ在る。私の研究対象は代数多様体と呼ばれ、一般的には目には見えず、頭の中にしか存在しない想像上の幾何学的対象物である。実在しない相手の内面を探るのは一筋縄にはいかないが、姿が見えないからこそ逆に外見に束縛されない自由な発想を巡らせることができる。とは言うものの、目に見えない対象を目の当たりにして、何をどうしたら良いのか分からないのでは? と思われるかもしれないが、そこを何とかするための理論・道具を開発・改良していくプロセスが代数幾何学の醍醐味である。
		
 想像上の相手であるので、実験室にこもって「あーだこーだ」することはできない。しかし、場所を選ばずいつでも、頭の中で先代直伝の手作りの道具や最新鋭の自作の装置を携え、紙と鉛筆を片手に持って、見えない相手(代数多様体)に立ち向かう...。時代に逆行するようなこの超アナログな真剣勝負が実に面白く心地よい。なかなか思うように心を開いてくれない相手ではあるが、その分、遂にその本性を垣間見ることができたときの達成感は格別。「そんな目に見えないモノに必死になっているの?」とある人は言うかもしれない...目に見えていることのみが真実なのでしょうか?

PROCESS

私の数学の研究の形態


1.問題提起
意外にジョギング中に面白い
問題を思い付くことも少なくない
		
必要とされるテクニック・知識に応じて
研究のスタイルを以下の3つのジャンルから選択
a.独りで研究
b.Adrien Dubouloz氏(フランス・ブルゴーニュ大学)との共同研究
c.Yuri Prokhorov 氏(ロシア・モスクワ大学)、Mikhail Zaidenberg 氏(フランス・フーリエ数学研究所)との共同研究
		4.がんばる。

2.問題解決に向けた
アプローチの模索

 2つの三角形は、3辺が同じ長さであるか、2辺が同じ長さでそのなす角度が同じであるか、1辺の長さが同じで他の2辺とのなす角度が同じであるとき合同であると言い、同じ三角形と見做すことができる。また、合同でなくても拡大・縮小を施して合同になる三角形は相似と呼ばれる。中学校での初等幾何学でこれらの事柄を学んだことを覚えている方もおられるだろう。一方、現代数学で言うところの幾何学は大きく分けて位相幾何学、微分幾何学、代数幾何学と3つに分けられ、それぞれの幾何学で取り扱う幾何学的対象物の種類や用いられるテクニックは様々ではあるものの、共通する大切なテーマとして「2つの幾何学的対象物は、どのような条件を満たしていれば同じものと見做すことができるか?または似ていると思うことができるか?」ということである。そういう意味では、位相幾何学は柔らかい幾何学、一方、私の専門分野である代数幾何学は固い幾何学と言える。

 位相幾何学では図形は非常に柔らかいゴムで出来ていると思ってグニャグニャに変形させて互いに移り合う図形は同じものと見做す。つまりドーナツと取っ手がついたコーヒーカップは同じ図形だと考える幾何学である。最近約100年もの長い年月を経て漸く解決されたポアンカレ予想は、宇宙全体がゴムで出来ていると仮定した上でその形状を把握する1つのきっかけとなりそうだ。他方、代数幾何学で相手にする目に見えない図形は代数多様体と呼ばれるが、2つの代数多様体を同じモノと見做すルールが他の幾何学に比べて厳しい。そこで完全に同じもの(同型)と見做すことができなくても、ある程度似ていれば大体同じもの(双有理同値)と思いましょうという妥協案が打ち出される。(上で述べた三角形の相似も合同の妥協案と思うこともできる。)

 確かに双有理同値性は少し緩いルールなのであるが、その分、様々な理論を展開するのには好都合となる。事実、双有理同値である代数多様体がどの程度似ているのか、つまりどのような具体的な操作を経て双有理同値な2つの多様体が結ばっているのかを記述する理論(極小モデル理論)の近年における進展は著しいものがある。従って双有理同値性で代数多様体を分類するという視点に立てば、極小モデル理論は非常に強力な武器になる。

 ところで代数多様体はその性格について大きく二分される。語弊はあるかもしれないが、人間でいうところの男女に対応する非常に根本的な区別である。専門用語を使わせてもらえば、射影代数多様体とアフィン代数多様体である。目に見える分かり易い例としては、中学・高校数学ではお馴染みの(x,y)-平面はアフィン代数多様体、一方我々の住んでいる地球の表面は射影多様体の例である。(x,y)-平面では無限の彼方に飛んで行ってしまうことがあるかもしれないが、地球の表面ではそんなことはない。一般の代数多様体は目には見えないので不正確な言い方であるが、アフィン代数多様体は極限(無限大)をとるという操作に弱点があり、その弱点をカバーしたものが射影多様体と思ってもらえればよい。この射影多様体の長所が代数幾何学の理論を今日まで大きく進展させてきた1つの要因であり、また射影多様体は上で述べた極小モデル理論との相性が良い。その一方で、アフィン代数多様体は、極限をとるという操作の脆さが尾を引いて極小モデル理論との相性も良いとは言えない。しかし、アフィン代数多様体が研究に値しないかと言うと全くそんなことはなく、それぞれが非常に強い個性で研究者達を魅了している。少々世間の常識からはズレている、世渡り下手な人間の方が魅力的に見えるという感覚に近い。私はそんな厄介なアフィン代数多様体をメインに研究している。

 前置きがかなり長くなってしまったが、私の研究の特色はその研究手法にある。通常、アフィン代数多様体に対しては、その上の正則関数と呼ばれるよい性質を持った関数全体が構成する代数的対象物(座標環と呼ばれる)を研究することになるのだが、この手法では内的な幾何学構造が不透明になることが多い。この欠点を補うべく、私は:
・アフィン代数多様体を射影多様体へと埋め込んでおき、そこで前述した
  極小モデル理論を適用するという手法(Adrien Dubouloz 氏との共同研究) 
・アフィン代数多様体への代数群作用を考え、その商をとることによって射影多様体に
  帰着させるという手法(Yuri Prokhorov,Mikhail Zaidenberg 両氏との共同研究)
といういずれも射影幾何学の理論を適用する、より幾何学的なテクニックを用いてアフィン代数多様体と射影代数多様体に関する数々の結果を得ることに成功した。あまりここでこれらのテクニック・結果を詳述しても仕方がないので、興味を持たれた方は該当論文を参照して頂くことにして、ここでは今後の課題について述べる。
		
代数幾何学とは…
たとえて言えば立方体(入れ物)を想定して、その中に入っているモノの形状や材質などを解明していく。
・どのように曲がっている?
・どのような曲線が入っている?
・どのような素材でできている?

 代数多様体はその大きさを測る指標として次元と呼ばれる概念がある。次元が大きくなればなるほど、代数多様体の構造が複雑になるということは容易に想像出来るが、代数幾何学では2次元迄と比較すると、3次元以上の代数多様体の構造は劇的に複雑になるというのが茶飯事である。確かに極小モデル理論は非常に強力な武器になるのだが、どちらかというと「代数多様体を目の前にしたときの心構え」的な哲学的な意味合いが大きい。アフィン代数多様体に関連する諸問題は、具体的な結果を求められることが多く、この意味では哲学的意味合いの大きい極小モデル理論をより実践的な状況で耐えうるように加工していくプロセスが必須になってくる。私の研究の当面の目標は、ここの加工をいかに巧く行うかということに集約される。
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