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名前:関口 睦美 日時:2002年07月03日 12時13分59秒

主人が中学校の教員です.先日このHPを見て言っていたことがあるので代わりに質問します.

イオンが中学校の指導要領から消えてしまったために,今までのように中和反応の説明ができなくなってしまいました.酸性の物質とアルカリ性の物質が互いの性質をうち消しあうことと言っても,説明が抽象的すぎて生徒にはわかりづらいのではないかと思っています.中和反応の説明はどの様にしたら生徒にわかりやすいでしょうか.

名前:芦田 実 日時:2002年07月09日 16時12分07秒

関口 睦美 様

 この質問に答えるのはかなり難しく,ベストと言えるような,満足できる回答は見つかりませんでした.近いうちに,教育学部からホームページを公開したときに,回答の一部をQ&A集に載せたいと思います.

質問12 イオンが中学校の指導要領から消えてしまったために,今までのように中和反応の説明ができなくなってしまいました.酸性の物質とアルカリ性の物質が互いの性質をうち消しあうことと言っても,説明が抽象的すぎて生徒にはわかりづらいのではないかと思っています.中和反応の説明はどの様にしたら生徒にわかりやすいでしょうか.

回答 指導要領の改訂後の小学校・中学校の教科書が手元に無いのであまり詳しく言えません.イオンを使わずに説明しようとしたら,改訂前の小学6年生の教科書に書かれている程度,あるいはそれより少しだけ高度なことしか,言えないのではないでしょうか.例えば,平成8年の東京図書の「新編 新しい理科6下」には「酸性の水溶液とアルカリ性の水溶液を混ぜ合わせると,混ぜ合わせる量によって,その水溶液は酸性になったりアルカリ性になったりする.適当な量を混ぜ合わせると中性になり,もとの水溶液にあったにおいや金属をとかすはたらきがなくなる.また,酸性とアルカリ性の水溶液を混ぜ合わせると別のものができ,蒸発させるとつぶが残る.」とあります.なお,酸とアルカリの組み合わせによっては,もともと臭いがしなかったり,固体が残らないこともあると思います.
 視覚的に理解させるのも1つの方法だと思います.リトマス紙やpH指示薬が利用できると思います.大学院生が,色を使って現象だけ理解させたらどうかと言っていました.「例えば,酸を黄色とする.アルカリを青色とする.混ぜたら,緑色になるだろ.だから,違う物になるんだよ.」これを演示実験しようとして,強酸(HCl)と強アルカリ(NaOH)を混合して中性,すなわちBTB指示薬の緑色にすることはほとんど不可能です.極微量の過不足で,酸性かアルカリ性になってしまいます.黄色と青色の水彩絵の具の水溶液を使えば,簡単に緑色になるでしょう.ただし,この場合には廃液を化学薬品と同様に処理して下さい.水彩絵の具にはヒ素,カドミウム,クロム,鉛,水銀その他の有害物質が25〜90ppm含まれている恐れがあります(JIS S 6028).むしろ,食用色素(食紅)を使った方が何も気にする必要がないので楽だと思います.
 臭いを利用するのも1つの方法だと思います.酢酸やアンモニア水は強烈な臭いがしますが,それらを中和した酢酸アンモニウムはそれほど臭いがしません.別の物質になったことが分かるかと思います.さらに,これらは弱酸と弱アルカリなので中和点付近のpH変化が小さく,BTB指示薬の緑色が比較的見えやすいと思います.ただし,水を蒸発させて固体を析出させるのは難しいと思います.酢酸アンモニウムの融点が114℃と低いこと,潮解性があることから,なかなか液体が無くなりません.加熱しすぎると全部蒸発してしまうと思います.液体が残っているうちに冷やして,注意深く観察すれば小さな粒が見えると思います.固体を確認したいのなら,塩酸とアンモニア水を中和して,塩化アンモニウム(あまり臭いがしない)を析出させたほうが簡単です.乾いた後に白く残ります.
 水はもともと一部が水素イオンと水酸化物イオンに電離しています.ただその量が同数で,ごく少数なので,見かけじょう酸性もアルカリ性も示さないだけです.相手が変わったために,豹変して酸性やアルカリ性の性質が現れたと考えるのはどうでしょうか.酸とアルカリを混合すれば,元に戻って中性になると考えるわけです.酸性の水素イオンもアルカリ性の水酸化物イオンも,両方とも水を構成する化学種に違いないのですから.

 文部科学省は指導要領は最低基準であって,これ以上のことを教えてもよいと言っているようです.指導要領に電池や電気分解はまだ残っています.物理の電気・電流と関連があるからでしょう.金属や導体中を流れている電流の正体は電子ですが,水溶液中の電流の正体は電子ではなく正負のイオンです.水中では電子は単独で存在できないため,イオンに変身して生き延びます.雷のように高電圧・大電流なら瞬間的には別でしょうが.物理における「電流の正体はなにか」という項目は無くなったのでしょうか.電流という(実在しない?架空?の)概念だけで教えてもよいのか疑問に思います.気体が発生したり,金属が溶解・析出する化学反応が起こりますので,水溶液中を電流が金属や導体中と同様にそのまま流れていると誤解する子供は少ないと思います.しかし,もしいたらどの様に説明したらよいのでしょうか.金属や導体中でも発熱という物理現象は起こります.化学反応と物理現象の違いを詳しく説明するとなると,もっと大変なことになると思います.さらに,電池から電子(電流)が発生するメカニズムを説明するときにイオンを使わずに説明できるでしょうか.水を電気分解するとき,純粋な水は電気を通さないので水酸化ナトリウムや硫酸などの電解質を加えます.電気分解のメカニズムや電解質の役割をイオンを使わずに説明できるでしょうか.やはり,必要最低限のことは,イオンについて少しは教えてもよいのではないでしょうか.

 結論として,どこまで教えるかによって方法が変わると思います.うわべの現象論だけですますのなら,イオンを使わずに教えられると思います.内容やメカニズムについて深く説明しようとすればするほど,イオンについて教えなければならなくなると思います.

埼玉大学教育学部理科教育講座
芦田 実